グロテスクすぎる勝利
クロエルの体を通して、向こう側の景色が見えた。彼女の体が透明にでもならない限り、まずそんな事はあり得ないはずだが、はっきりと見えてしまったのだ。
「ぐぶっ…!」
クロエルの腹部には、大きな風穴が開けられていた。バレーボールが丸々一個入りそうなサイズだ。数秒前までクロエルの体を構成していた組織や肉片は、あたり一面に飛び散っている。何の臓器かは知らないが、おそらく生命活動を維持する上で重要な役割を果たしているであろう物体が、コンビニの自動ドアに張り付いていた。レジを操作していた店員が、あんぐりと口を開けている。
クロエルは、失った肉をかき集めるようにして、片手で地面を力なく撫でている。もう片方の手は、ななみの魔法によって開けられた穴を抑えている。それで痛みが和らぐことはまずあり得ないが、そうしたくなるのが生き物としての本能なのだろう。
飛び散った肉体を求めるクロエルの手の甲を、ななみが踵で踏みつけた。
「あぐっ!」
「こんなくらい、別に大したことないやろ?そら人間やったら即死レベルやけど、クロエルさんはモンスターみたいなもんやもんなあ。お腹に穴空いたかて、そのうち塞がるやろ」
先ほどビールを飲みながらクロエルが言っていた。自分の体はほぼ不死身みたいなものだと。ほぼ、というからには完全に不死身ではないのだろうが、臓器と肉体の一部を失うレベルのダメージでも死なないらしい。
だが痛みは感じているようで、地面に突っ伏したまま手を踏まれたクロエルは、屈辱的な激痛に顔をゆがめている。見た目が麗しい魔法少女が、ボンテージ女をいたぶっているのは、かなり異様な光景だ。どちらが悪か分からない。というか、一部始終を見ていても、ななみが悪者にしか思えない。決闘の結果とはいえ、勝者が敗者の尊厳を踏みにじっていい理由にはならないと思う。
友人として、これ以上ななみが暴走する前に止めようと、私は彼女に駆け寄ろうとした。しかし一歩踏みだした瞬間、「ストップ」とこちらを見もせずにななみが言った。
「まだ勝負はついてへんで。梓さんは手出し無用や」
「いや明らかに勝負ありでしょ!死体蹴りはよくない。よくないよ橘さん」
「死体ちゃうって。見てみい、まだ全然元気やんか」
手の甲を踏んでいた踵に、さらに体重をかける。
「ぎぃっ!」
クロエルは悲鳴とともに体を捩る。
「そりゃクロエルさんは死んでないけど、倫理的にまずいって。仮にも正義の魔法少女がこんな…」
「悪を成敗してんねんからなんも問題あらへんよ」
「ヒーロー側としての見え方とか気にしなよ」
「ウチの魔法な、見た人の記憶も消せんねん。前にもこの辺で強盗と戦って、コンビニを全焼させたことがあるんやけど…」
さりげなく言ったが、この女、前科持ちではないか。
「その時にな、強盗に全部罪を擦り付けるために、目撃した店員さんの記憶消去やってみてん。ほんならうまくいったし、平気平気。今回もそないしたらええねん。今この状況見てる人の記憶を、ちょいと操作したら終わりや。それよりも、クロエルさん。はよ立ちちいや。まだウチは満足してへんよ」
「こ、このクソ、ガキ…」
ななみがクロエルの顎を蹴りあげた。
「がっ…」
立ち上がりかけたクロエルが仰向けに倒れた。
「そや、その目。普段は人を馬鹿にしたみたいな飄々とした表情やのに、今その目に浮かんでるのはなんやろ。恐怖?絶望?こんな年下に足蹴にされてる屈辱?」
ダメだ。この魔法少女の暴走はもう止められない。友人の倫理観が音を立てて崩壊するのを、私はただ傍観しているしかないのだ。もし今間に入って止めようものなら、私の体にも穴が空きかねない。クロエルほどの耐久力も再生能力もない私が攻撃を食らえば、今日が命日になることは間違いないだろう。人生の最後に目にするのが、性癖に歯止めがきかなくなった友人の姿というのは、なんかすごく嫌だ。
ななみがクロエルの体に、自分の体を重ねた。まるで恋人同士が優しく肌を重ねているような姿勢だ。ななみの魔法少女の衣装は、血でべっとりと汚れているが、気にする様子はない。生地はもともと白い部分が大半だったが、今は大部分が赤色だ。
ななみはステッキをクロエルのこめかみに軽く当てた。
「頭吹き飛ばすっていうのも、ありかもしれへんな。どうせまた生えてくるやろうし、首無しの体いうのも、なんかエロいと思わへん?」
私に聞いているのか。だとしたら、思わへんと答えるのが正解だ。
「いやでもなあ、もっと怯えてる表情も拝みたいし。頭吹き飛ばすのはやめとくわ。それよりもこっちや」
クロエルの腹に空いた穴に、ななみは人差し指を突っ込んだ。ぐちゃぐちゃと音を立てて、穴の周りに残った肉をえぐる。
クロエルはもう悲鳴も出せないのか、口から血と泡を拭きながら痙攣している。
んー、と呟きながらしばらくクロエルの肉体を探っていたななみの顔が、ぱっと明るくなった。
「見つけた」
そう言って指を引く。彼女の指先には、小腸か大腸かのどちらかが引っかかっていた。それをずるずると、輝く笑顔で引きずりだす。
見るに堪えない。私が人生で見た光景で最もグロテスクなものだった。




