魔法少女の戦闘力
決闘が始まる前の張りつめた空気が、夜のコンビニ前に漂う。周囲の音が消え、あたりは静寂に包まれた。クロエルとななみは互いに向き合い、相手の目を見据えている。ななみはステッキを片手で構える。クロエルは翼を広げて、ガーゴイル像のように両手を地面についている。
軽トラの走行音が、静寂を破った。クロエルは地面を蹴った勢いで、ななみに飛びかかっていく。その動きはあまりに早く、瞬間移動と見紛う程だ。私ならばまったく反応できずにいただろう。
クロエルがコンビニの奥にある接骨院の壁に激突し、レンガの壁ごと崩れ去った。ちょうど施術中だったらしく、上半身裸の男性と、整体師の女性が悲鳴を上げながら逃げていった。
「避けられたか。あの距離で反応するとは、なかなかやるわね」
一直線にななみに突っ込んだクロエルだったが、ななみはその動きを読んでいたように、最低限の動きで攻撃を避けていた。距離にして、わずか数十センチ横にずれただけだ。その場でステップを踏み、ふふんと鼻で笑ってクロエルを挑発している。
「イノシシやないんやから。そんな猪突猛進な攻撃なんて、一番避けるの簡単や。ウチにダメージ与えたいんやったら、もっと頭使って戦わなあかんで」
「そうね、今のは単純すぎた。相手がガキだからって、舐めてちゃダメね。こっちも本気でいかないと」
クロエルが再び猛スピードでとびかかる。ななみは今度も同じ要領で避けようと、体重を左半身にかける。
クロエルが翼を片方だけ開いて空気抵抗を殺し、空中で方向転換した。S字を描くような複雑な動きで、ななみとの距離を一気に詰めた。
ななみの眉がぴくりと動く。
クロエルが振り上げた手の先から、巨大なかぎ爪が現れた。猛禽類のそれよりも、さらに鋭い。引っかかれたら、肉を根こそぎもっていかれそうだ。
「覚悟しな!」
かぎ爪がななみに向かって振り下ろされた。ななみは瞬時に体重移動の方向を変えて、屈みこむ体制になる。すんでのところで攻撃を躱したが、魔法少女の衣装の肩の部分に爪が掠り、服の繊維を破り取っていった。
「あっぶないなあ…。あとちょっとで腕ごと千切れるところやったわ」
2本しかない腕の一本を危うく失うところだったのに、ななみは意外と冷静だ。ひらひらの衣装が破けた部分からは、卵みたいに白い肌と、ブラ紐がのぞいている。
「次は外さないわよ」
「ウチかてやられてばかりやあらへん。こっちからも攻撃させてもらうで」
ななみがステッキを振ると、クロエルの頭上にどす黒い雲が発生した。バリバリ、という炸裂音とともに、頭上に雷が落ちる。高速低空飛行による攻撃の反動で動きが鈍くなっていたクロエルは、予期せぬ方向からの魔法攻撃に反応しきれなかった。咄嗟に翼を畳んで自分の身を守ったが、ななみの放った雷は、翼ごとクロエルの体を焼き尽くした。
「あっ、うぅ…、熱い熱い!」
炎に包まれたクロエルは、駐車場の地面に転がって、なんとか火を消そうとする。えげつない魔法攻撃を受けていながら、冷静な判断だ。私なら火だるまのままコンビニに駆け込んで、ケースから水を取り出して自分の体にかけまくっただろう。その程度で消える火だとは思えないが。
のたうち回るクロエルを、ななみは恍惚とした表情で見下ろしている。
「ええわあ、その顔、その声。ウチも鬼やないんやし、ほんまはこんな残酷なことしたないねんで?けどクロエルさんが悪いんや。ウチにそうさせたくさせるだけの魅力があるんやから」
犯罪を起こしたとき、まったく反省しないタイプの加害者の言い分だ。
自力で消火を終えたクロエルのボンテージは、あちこちが焼けただれていた。繊維が溶ける嫌な臭いが、こちらまで漂ってくる。
ふーふー、と肩で息をするクロエル。ここまでボロボロの彼女を見るのは初めてだ。ノクターンロゼの幹部であるクロエルの実力は相当なものであるはずだが、魔法少女歴1年未満のななみがそれを上回るとは。
ななみの足元に魔法陣が出現し、赤く光りだす。アニメなどでよく見る、典型的な魔法少女の戦闘シーンだ。
魔法陣の中に吸い込まれたように、ななみの姿が、ふっと消えた。
「どこに行ったのよ、あいつ!」
「どこにも行ってへん。こっちや」
クロエルの背後に魔法陣が出現し、そこからななみが現れた。テレポーテーションだ。先ほどのクロエルの攻撃はまるで瞬間移動だったが、ななみのこれは比喩ではなく、本当に瞬間移動である。
「なっ…」
「こんな簡単に背後取られるなんて、甘いなあ」
ななみはステッキをクロエルの背中に押し付け、ゼロ距離で魔法を放った。




