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見られたからにはしょうがない

 

 「まったく、お前が忘れ物したせいで俺まで残業だ。教師の定時は4時30分なんだぞ。今何時だと思ってる」

 

 「はいはーい、すいませんでしたー」

 

 体育倉庫の扉を開けたのは、常に無気力オーラ全開の生物教師。校庭に出現したモンスターから、真堂が私を守ってくれた日、確かあの時はこの教師の授業を受けていた記憶がある。

 

 教師の後ろについて倉庫に入ってきたのは、恵だった。

 

 「で、スマホを落としたのは倉庫の中で間違いないんだろうな?」

 

 「絶対ここだと思うんですよ。部活の時にさぼってスマホ見てて、いきなり先輩に呼ばれたから走っていったんですけど、その時に置いてきたはずなんです」

 

 「なんでもいいけど早く探してくれよ。俺はまだこの後やることがあるんだから」

  

 「先生も大変ですねえ。明日もまた朝早くから出勤でしょ?」

  

 「分かってるなら一秒でも早く俺が帰宅できるように、とっとと忘れ物を回収しろ。じゃないと施錠できないだろ」

 

 「先生のスマホ貸してくださいよ。ライトがないと探せないんで」

 

 教師からスマホを受け取った恵が、ライトを点けた状態で倉庫内を照らした。懐中電灯ほどの光量はないが、足元を照らす程度なら十分だ。恵はスマホをスマホを置き忘れたと思しき場所を探り始める。手始めにマットの上を調べるが、どうやら外れだったらしい。「あれー、どこだっけ?」と呟き、跳び箱のほうへと向かう。

 

 非常にまずい。私は扉が開かれた瞬間、咄嗟に跳び箱の裏に姿を隠していた。両手を拘束された真堂を抱きかかえ、教師に見つかるギリギリのタイミングで隠れることに成功した。真堂を暗闇の中で愛撫することで絶頂に達した性的興奮のおかげで、今や触手は指先からうねうねと伸びていた。咄嗟に隠れることが出来たのも、触手をばねにして素早く飛びのいたおかげだ。通常の状態であれば、あのスピードで身を隠すことは出来なかっただろう。

 

 だが状況は刻一刻と悪化していた。私たちには逃げ場がない。跳び箱の大きさは、中学生2人の体を隠すにはあまりに小さい。注意して見れば、私の足や真堂の肩が、跳び箱の裏からはみ出ているのが分かってしまう。恵がそれに気づかないことを願うばかりだが…。

 

 「確か跳び箱に座ってさぼってたんだっけ。ああ、そうそう。そんな気がしてきた」

 

 あろうことか恵は、ピンポイントで私たちが隠れている場所へと近づいてくる。

 

 スマホのライトと、体育館に差し込む月明りに照らされ、今では真堂の顔がはっきりと見える。彼の瞳に映っているのは、同級生に慰み者にされかけた屈辱か。それとも、こんな状況を見つかってしまうことへの恐怖か。

 

 真堂がここで声を出して助けを求めれば、私は完全に言い逃れのできない加害者となる。私の性癖を知っている恵でも、さすがにドン引きすることは間違いない。しかし妙にプライドの高い真堂が、上半身の肌着を捲られて、おまけに手を束縛されているという、SMプレイにしか見えない状態を発見されることを望むだろうか。

 

 私は目線だけで真堂に訴えかける。ここで黙っているほうが、お互いのためだぞ、と。

 

 ペタペタ、と恵の足音が、近づく。

 

 「んー、ここだっけ。確か跳び箱の上に座って…」

 

 数時間前の自分の行動を辿り、スマホの在処を見つけようとする恵。跳び箱の一番上の段に腰を掛けて、両手を後ろにつく。

 

 「ここで先輩に呼ばれたんだ。そんで慌てて、勢いで後ろ向きに落ちちゃったんだった。受け身が取れたから良かったものの、下手すりゃ大けがだよ。あはは」

 

 後ろ向きに落ちたという動きを再現する恵。その先には、私たちがいた。

 

 「え…?」

 

 恵の表情が固まった。いつも天真爛漫でにこにこと笑っている彼女の、こんな血の気が引いた顔は初めて見た。

 

 友人に対して申し訳ないと思いながらも、私は触手を鞭のようにしならせて、恵の後頭部を叩いた。

 

 「うぐうっ⁉」

 

 恵は一瞬で白目を向き、気を失った。何も見ていない。これは夢だ。起きたらそう思わせておこう。

 

 「どうした中井!…ぐふっ!」

 

 続いて入ってきた生物教師も気絶させる。

 

 体育倉庫は再び静寂に包まれた。モンスターとヒーローと、何の罪もないのに殴られた一般人2人。

 

 時刻は夜の7時。近所の家庭から、夕飯の香りが漂ってきた。

 


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