見せられるのはここまで
干しブドウのほうがまだ水気がある。
エネルギーを吸われて干物のようになった少年は、もはや人間の体を成していない。官能的な刺激に耐えきれず、無理やり剥かされていた白目は、今や眼球ごと顔の外に落ちている。その目は一体何を見ているのか。いや、もう何の景色も移していないだろう。脳との接続が切れたそれは、ただの丸い物体に過ぎないのだから。
まさに子供から大人へと変わろうとしていた成長途中の体は、骨と皮だけになっている。胸のあたりに手を当ててみると、紙やすりのような感触がした。胸は一切上下していない。それは心臓が動きを停止していることを意味していた。
私は人の死を初めて目の当たりにした。
文化祭での戦いで、ななみが成敗した女が跡形もなく消滅したことは、死にはカウントしていない。あれはゲームで敵キャラクターが倒されて消えたようなものだ。
しかし少年は間違いなく先程まで生きていた。体を拘束され、下半身からエネルギーを吸収されていたが、確かにそこに命はあった。苦痛と快楽に板挟みにされ、尊厳は完全に破壊されていたものの、人間としての形は保っていた。
だが私の足元に転がるこれは、一体何と呼べばいいのだろう。
「搾りカス、ですよ」
私の疑問を見透かしたように、アルシアが言った。
「これはもうヒーローでもなければ人でもないです。ただの搾りカス。果汁100%ジュースを作った時に出る、果物の皮とおんなじですよ!」
おおよそ人間に対する言葉選びとは思えないが、足元のそれは確かに人間ではなくなっているので、アルシアを無礼だと責めるのもお門違いだ。
「いいもの見たでしょう、梓ちゃん。これが私たち、ノクターンロゼがヒーローを襲う理由。そこにある大きな心臓にエネルギーを注ぐための養分として、ヒーローたちを半殺しで攫ってきてるのよ」
エサを与えられた心臓は、まだ激しく拍動を続けている。
ヒーローのエネルギーを吸収してそれを糧にしているということは理解できた。だが私にはまだ疑問が残っている。心臓のエネルギーが満タンになった時、一体なにが起きるのだろう。
悪の組織の考えそうなことといえば、世界征服とかそのあたりだ。世界中の軍隊が束になっても敵わないような強力な魔物を生み出すとか、核爆弾にも匹敵する兵器を作り出すとか、スケールの大きな企みがあるに違いない。異様にでかいこの心臓は、未知なる巨大生物のコアにでもなるのだろう。
心臓の正体についてあれこれ考えを巡らせているのが顔に出ていたらしい。
「さすがにまだ梓ちゃんに全部教えるわけにはいかないわ。けどもっと頑張って幹部クラスに昇進すれば、心臓の秘密も教えてあげるわよ」
「気になるところだけ見せておいて、残りはお預けなんてひどい」
「サンプル動画みたいなものよ。続きは有料版で」
納得行かないが、これ以上聞いてもクロエルやアルシアが口を割ることはなさそうだ。
「それよりも時間は大丈夫なんですか?学校行く前にここに寄ってくれたんですよね」
「あっ、そうだった!」
あまりに衝撃的な光景が続いたもので失念していたが、私は登校前にクロエルに連行されたのだった。スマホで時間を確認する。いつもは教室に着いている時間だ。朝礼開始まで残り10分。普段から時間通りに行動している私が1日くらい遅れたところで大したお咎めはないだろうが、朝礼中の教室に入っていくのはどうにも気まずい。入室と同時にクラスメイトの視線を集めるのは、出来れば避けたいものである。
「クロエルさん、早く!学校に連れて行って下さい!」
こういう時にワープでも出来ればいいのだが、ノクターンロゼの幹部とはいえ、次元を超越した能力は持っていない。エレベーターで1階まで降りて、そこからクロエルに抱えられた状態で、学校に向かって飛行した。
電線の上で羽を休めていたカラスが、高速で飛んでくるクロエルと私に驚いて汚い悲鳴をあげたが、反応するのが遅かった。クロエルの翼はカラスの胴体を通り過ぎざまに切り裂き、黒い頭が通学路に落下した。遅刻ギリギリに登校している生徒の頭上に、運悪くそれは直撃し、今度は人間の悲鳴が上がった。




