手の込んだ脅し
「お、おお…、結構本格的だね。遊園地だからって舐めてた」
私は恵の肩に掴まりながら館内へと入っていった。
呪いの館の内装には案外金がかかっているようだ。中に入るとまず目に飛び込んできたのは、黒光りするアヌビスの像。犬と狐の中間みたいな見た目は想像上のキャラクターのようだが、薄暗い館内で見ると中々の迫力だ。アヌビスの奥には棺桶が横たえられており、その周りを取り囲む形で座席が配置されている。どうやらこれに座ってショーを見るアトラクションらしい。
「お化け屋敷じゃなくて良かった。これなら怖くても目を瞑ってればやり過ごせる」
「ダメだよちゃんと見なきゃ。目閉じるの禁止ね!」
どうにも恵は私が怖がる様子を楽しんでいるみたいだ。学校の他の友達には見せたことのない一面を恵に知られたことに、悔しさと恥ずかしさを感じる。
ぼんやりと灯っていた照明が落ち、館内は完全な暗闇に包まれた。ショー開始の合図だ。
「ようこそ、呪いの館へ。もう後戻りは出来ませんぞ。キミたちはこれから我らが女王、クレオパトラの元へと召されるのだ」
安物のスピーカーを使っているのが丸わかりの音質だ。ガサガサとしたノイズが入っており、非常に聞き取りにくい。内装に金をかけすぎて、スピーカーに回す予算が無かったのかもしれない。
「クレオパトラって誰だっけ?」
びっくり演出に身構えて体を縮こまらせる私に、恵がのんきな声で聞いてくる。
「あれでしょ。なんかすっごい綺麗な人!」
「えー、そんな人出てきても怖くなくない?」
天井からスモークが噴き出し、そこに赤いライトが当たって不気味な空気が作り出される。続いて棺桶の蓋がガタガタと震え出した。少しずつ蓋が横にずれていく。
「なんか出てくる!なんか出てくる!」
座席の上で膝を抱え込み、体育座りの形になった私を、恵は愉快そうに横目で見ている。蓋が半分ほど開かれると、中から包帯に巻かれた腕が伸びてきた。その腕は蓋を床に乱暴に落とし、ついに全身を現す。
「崇めよ。彼女こそ我らの女王、クレオパトラである」
ノイズまじりのナレーションが、重低音の音楽とともに響き渡った。クレオパトラの顔にも包帯が巻かれていたが、彼女がこちらを向くと同時に口元の包帯がずり落ちた。その下から、どす黒く変色した牙のように鋭い歯が覗く。
「うわあ、すっごいリアル…。これってロボットだよね?本当の人間が演じてるとかじゃなくて」
「どっちにしても怖いよ!」
細部まで観察する余裕のある恵と対照的に、私は情けなく膝を抱えて震えるだけ。この際クレオパトラが作り物だろうが人間だろうがどっちでもいい。それよりもさっきから目が合っている気がするのが恐ろしくてたまらない。なぜ私のほうばかり向いているんだ。機械のプログラムだとしたら早く他の方向に向いてほしいし、人間だとしたら怖がっている客をロックオンするのは辞めてほしい。
「ほら梓見て。あれやっぱロボットだよ。背中のほうにアームみたいなのがついてる」
恵がクレオパトラの腰あたりを指さした。確かに機械らしきものが体に繋がっている。あれで動きを制御しているのだろう。そう思うと幾分か恐怖が和らいだ。
しかし安堵していられたのはわずか数秒のことだった。
クレオパトラが片足を大きく振り上げ、棺桶の外に出す。その動きは明らかにロボットのものではなく、生身の人間そのものだった。
「ちょ、こっち来る!なんでなんで⁉」
もう片方の足も棺桶の中から引き抜き、クレオパトラは私の目の前で直立の姿勢をとった。




