人の抜け殻
囚われの少年を襲ったのは、苦痛か、はたまた快楽か。
表情から類推するに、おそらく後者である。それは私の願望も少し混じっているが、快楽であってほしい。白目を剥いて涎を垂らすなど、よほどの刺激がないとまずあり得ないことだし、痛みでは白目を剥くことはあっても涎は垂れないだろう。
チューブの振動が激しくなるに伴い、少年の体の痙攣も大きくなっていった。イワシなどの弱い魚は、吊り上げられるとすぐに絶命するが、サバやカツオはそうはいかず、ビチビチと力強く跳ねる。今の少年の震えは、まさに生きることにしがみつく魚のようだった。
スマホをそちらの方向に向けて録画を続けながら、私はこの淫靡な光景を目に焼き付けようと、肉眼で少年を観察する。
「何度見ても良い光景ですねえ。エサが食われる瞬間っていうのは!」
アルシア眼鏡の縁に手を当てて、一重の瞼を細めている。
「そろそろフィニッシュですよ。ちょっとショッキングな映像になるかもしれませんけど、大丈夫ですよね?」
今の時点で、私のように特殊性癖の持ち主でなければ相当にショッキングな光景だ。なんせ拘束された年端も行かぬ少年ヒーローが、悪の組織の前でエネルギー吸収という名のもとで、とんでもない辱めを受けているのだから。同人誌では散々見てきたような場面だが、いざ現実で目の当たりにすると、興奮よりもまず驚きが先に来てしまう。そのあとにすぐ興奮が追ってきたわけだが。
「はい、それじゃあこれでおしまいでーす!」
アルシアがカプセルの台座部分にあるボタンを押した。
赤い光が消え、少年の動きも止まった。苦痛と、おそらく快楽に襲われて剝いていた白目はそのままに、完全に気を失った状態で脱力する。アルシアのいうところの、エサとして吸収されたらしい。今の少年はもぬけの殻だ。果たしてそこに人格が残っているのか。少なくとも、ヒーローとして、そして人間としての尊厳は微塵も残っていない。
「エネルギーの吸収は完了です。心臓を見てください。脈動が早くなってるでしょう?」
無数のチューブに繋がれた英雄の心臓は、動きを停止した少年とは真逆に、活発な運動を始めた。どくんどくん、と鼓動の音が部屋内に響く。
「うーん、まだ足りませんね。もっとエサを集めないと…。我らの野望達成に必要なエネルギーというのは途方もないんですよ」
「あの、野望って一体…」
カプセルに背を向けた瞬間に、背後で耳障りな金属音がした。少年を捉えていたチューブが外れ、周りのガラスが収納されていく。晴れて自由の身となった少年の体は、部屋の床に雑に投げ出された。
うつぶせに倒れた少年の指先が、私の靴のつま先に触れた。私は屈みこんで、少年の人差し指に自分の人差し指を絡める。暖かい。少年が浸けられていた特殊な液体はなんとなく冷たそうに感じていたが、ちゃんと人肌のぬくもりがある。
いや、ぬくもりがあったのはわずかの間だけだった。
少年の皮膚に、握り潰した紙のようなしわが寄った。しわはどんどん体全体に広がっていく。絡めた指からも一瞬で水分が失われ、ミイラのようになってしまった。カサカサの感覚に、私は思わず飛びのいた。
美しかった顔は、眼窩が落ちくぼみ、唇は瑞々しさを喪失。頬はすっかりこけてしまい、髪の毛が磁石で吸い上げられた砂鉄のように一息に抜けていく。
そこにあったのは、もはや少年ヒーローではなかった。
ただの抜け殻。人間の抜け殻。そう形容するしかないものだった。




