リアルで初めて見る表情
少年に繋がれたチューブが小刻みに振動を始めた。心臓へと繋がっているカプセルの数は膨大だが、エネルギー吸収のために稼働しているのはこの一台だけのようだ。
赤い照明に照らされ、意識を取り戻した少年は、眩しそうに目を細める。気持ちよく寝ているところを起こされたような、眠たげな目。しかしまどろみの時間はそう長く続かなかった。
自分の置かれている状況を理解するまでにかかった時間は、およそ10秒ほど。ヒーローというだけあって、液体で満たされたカプセルの中で、下半身にはチューブを繋がれており、おまけに一糸まとわぬ姿という常人ならば理解不能な状況でも、すぐさま危機を察知して、脱出を試みている。
内側からカプセルを叩き、壊そうとする少年。その様子はなんとも空しかった。液体の中なので、水の抵抗を受けて力はまったく出ていない。仮に少年のヒーローとしての能力が怪力だったとしても、あまりに分が悪いと言わざる得ないだろう。それに見たところパワー系ではないし、装備の類も一切を奪われているので、どのみち力を発揮できないはずだ。
「あの子、溺れないんですか。カプセルの中は液体で満杯ですけど」
「あー、大丈夫です大丈夫です。ちゃんと酸素は取り込めるようになってますから。エネルギーを吸収する前にヒーローに死なれたら困りますので、そこは対策バッチリですよ!」
少年の抵抗はすぐに弱まった。ガラスを割ろうと奮闘していた両手がだらりと下がる。それとほぼ同時に、チューブの振動がさらに強くなった。
「いよいよですよ、梓さん。しっかりと目に焼き付けておいてくださいね。ヒーローの最期の瞬間を!」
カプセルからの光を反射して、アルシアの眼鏡も赤く染まる。
最期というからには、これから彼が迎える結末は決して幸福なものでないことは確かだ。一体どんな悲惨な目にあうのか。あまりグロテスクな光景は拝みたくない。
長い睫毛に縁どられた少年の目が見開かれ、瞳孔が縮小した。カプセルの外に立つ私たちを見据えていた黒目が、次第に焦点を失いはじめ、上に、上にとゆっくり上がっていく。もう半分白目の状態だ。人間は強い恐怖や痛みを感じると、自己防衛のためか現実逃避のためか、気を失ってしまう生き物だ。今この瞬間、少年が感じているのは恐怖なのか。それとも別の感情なのか。
私は彼の表情を見て考える。もしかして、感じているのは快楽では?
エロ漫画の読みすぎと言われればそれまでだが、少年の顔は恍惚としているようにしか見えなかった。もはや黒目部分は瞼の裏に隠れ、白目がむき出しになっており、口はだらしなく開いている。力を失った舌は、両手と同じくだらりと垂れ下がっていた。液体の中にいるので定かではないが、少年の口の端からは唾液が垂れているようにも見える。
快楽以外を感じた人間が、こんな表情になるはずがない。それは絵にかいたような、というかエロ漫画に描いたような、完璧すぎるほどの堕ちた人間の顔だった。
「興奮してるわね。梓ちゃん、息が荒いわよ」
クロエルにとってその光景は見慣れたものらしく、正義の少年ヒーローが背徳的な刺激に飲まれていくのを目前にして、まるで天気予報を見ているかのようなテンションだ。私は撮影許可も得ずに、スマホを取り出してカメラを起動した。学校に行く前に充電を忘れていたことに気付くというパターンが週に2回はあるのだが、今日は充電が満タンだ。あと何分続こうが、しっかりと記録に残すことができる。
録画開始のボタンを押す指が震える。




