英雄の心臓
最初に見た目から受けた印象通り、アルシアは元来大人しい性格のようだ。一通り話したいことを喋り終えると、三つ編みの先っぽをいじったり、つま先で地面を意味もなく蹴ったりして、気まずそうにしている。間が持たなくなるのがあまりに早過ぎる。クロエルが言う通り、アルシアのコミュニケーション能力には問題があることは事実らしい。
「そーいえば、午後から雨みたいですねえ」
ネタが尽きると天気の話を振るのも、いかにもそれっぽい。天気から話題が広がる可能性は絶望的であり、この話題が出た時点で相手の会話の手札は全て切られたということだ。
スマホで天気予報を確認すると、今日は一日快晴と出ている。ネタ切れなうえに嘘の情報を流してくるとは、かなり悪質だ。
「いいから梓ちゃんを案内してやってよ。あれを見せたらきっと喜ぶと思うの」
「あれ、とは?」
アルシアがぽかんと口を開けて首をかしげる。
「メールに書いといたでしょ。ちゃんと読んでないの?」
「SNSの時代ですからねえ。3行以上の文字は読めない頭になってるんです。で、なんでしたっけ、その要件って」
クロエルの目が釣りあがった。そろそろストレスが限界に達そうとしている。
「英雄の心臓よ」
英雄の心臓。
それはノクターンロゼ本部の最奥部にある、厳重な扉に閉ざされた部屋の名称だった。青銅で作られた巨大な扉は、ゆうに3メートルはある。押しても引いてもびくともしなさそうだが、アルシアが軽く押しただけで、きい、という軽い音ともに扉は開いた。地響きのような重たい音とともにゆっくりと開いていくのが相場ではないのだろうか。
英雄の心臓の内部には、先ほど見たカプセルが整然と、しかしとんでもない数が並べられていた。秦の始皇帝が作らせた兵馬俑を想起させる荘厳さだ。
「カプセルの中には何が入ってるんですか」
これがSF映画なら、グロテスクなエイリアンが培養液のようなものに浸けられており、なんらかの拍子にカプセルを割って飛び出してきそうだ。私はカプセルに触れて顔を近づけたが、中の液体が濁っているのか、よく見えない。
「梓ちゃんの好きなものよ。なんだと思う?」
クロエルがカプセルにしな垂れかかる。カプセルがセットされている装置は青色の人工的な光を放っており、それがクロエルを下から照らしていて、妙に色っぽい。
「好きなもの…。え、エロ漫画とか」
「もっといいものよ。アルシア、スイッチを入れてあげて」
「りょーかいです!」
機械の起動音とともに、カプセルの中が気泡に満たされた。水の濁りが徐々に薄れ、中の様子が鮮明になってきた。
目が合った。クロエルとでもなく、アルシアとでもない。ガラスに映った自分とでもない。
カプセルの中に浸けられている、少年とだ。
私は咄嗟にその場から飛びのいた。まさか中に人がいるとは。
「あはは、驚きましたか、驚きましたよね!ドッキリ大成功でーす!」
一方的に話すのだけは得意なアルシアが小躍りする。
カプセルの中の少年は、私よりも年下に見える。おそらく小学生だ。容器を満たす液体の中でも目は開いているが、焦点は定まっていない。虚ろな瞳で、ただ一点を凝視している。目が合ったと思ったが、偶然視線の先に私がいただけらしい。
「こ、この子は一体誰なんですか!」
少年は一切の衣服を身に着けていない。だが目を逸らさずに済んだのは、下半身にチューブが繋がれており、大事な部分は隠れていたからだ。
「誰って、決まってるじゃないですか。エサですよ。ノクターンロゼの心臓のね!」




