不動産選びのセンス
「本部って、ここですか?」
悪の組織の根城と聞いてイメージするような禍々しい建物を期待していた私は、クロエルに「着いたよ」と降ろされて、拍子抜けした。
どこからどう見ても、ただのオフィスビルだ。バーヘムロックもそうだが、ノクターンロゼという組織には物件選びのセンスがない。せめてデザイナーズの建物にするとか、少しは見た目にも気を配ってほしいものだ。こちらとしてもテンションが上がり切らない。
入口は自動ドアで、受付には誰もいない。エレベーター4基のうち、1基は故障中の張り紙がしてある。誰かメンテナンスするスタッフはいるのか、それともずっと放置されているのだろうか。
エレベーターが来るのも妙に遅い。外から見たところビルは6階建てだったので、各階で足止めを食らっていない限り、ここまで降りてくるまでに時間はかからないはずなのだが。
エレベーターの中に設えられている鏡には、指紋がべたべたとついている。よく見ると
それは人間の指紋ではあり得ない模様をしていた。模様が十字架のようにクロスしていたり、花開きかけた蕾のような形だったりと、このビルを利用しているのが人間ではないことが見て取れる。それ以前に掃除が行き届いていないことに、私は強い不快感を覚えた。自室の掃除はあまりやる気が起きないが、外出先での小さな汚れほどなぜか気になってしまうものだ。
クロエルは5階のボタンを押した。
降りてくるときは緩慢なスピードだったが、上りは早かった。一度も止まらずに5階に到着する。
扉の先に広がっていた光景は、外から見たオフィスビルからは想像できないものだった。まず奥行がすごい。ノクターンロゼ本部は雑居ビルと、全フロアに飲食店が入った5階建ての建物と隣接していたので、構造上ここまでの奥行を出すことは不可能だ。なのに私が立っている場所から部屋の奥までは、目測でおよそ100メートルはある。
向かって右側の壁には、等間隔に透明のカプセルが並べられている。SF映画でエイリアンが閉じ込められて、コポコポ言っているタイプのカプセルだ。中には何が入っているのだろうと覗きこもうとすると、カプセルの裏から大きな丸眼鏡をかけた三つ編みの女性が、突然顔を出してきた。
「あらあらあらあら!クロエルさんじゃありませんか。ご無沙汰してまーす」
甲高い声と無駄にでかい声量に、私は思わず耳をふさいだ。しかし反応が遅かったせいで、声が耳の奥を刺激するのを防ぎきれなかった。鼓膜がじんじんする。プールの水が耳に入ったときみたいに、耳の上あたりを叩いて、聴覚を正常に戻そうとする私を、クロエルが申し訳なさそうな顔で見ていた。
「ごめん、先に言っとくべきだった。こいつの声、直接聞くと危険なの」
クロエルはちゃっかりと、指先から出した触手で自分の両耳に栓をしていた。




