表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/95

締め出し

 

 ノックの音が止んだ。諦めて帰ってくれただろうか、と薄目を開けて窓の外を確認すると、まだクロエルはそこにいた。

 

 「せっかく本部から梓ちゃんに招待が来たんだけどなー。まだ下っ端なのにこの待遇、相当期待されてるってことなのに、まさか来ないつもりじゃないでしょうね?」

 

 窓越しにクロエルが、招待状の入った便箋をひらひらとさせている。封をするのに糊付けではなく、この時代に不似合いなシーリングスタンプが使われている。赤い蝋をたらして、そのうえからスタンプを押す、映画でよく見るあれだ。ノクターンロゼは文明が進化していないのか、ただのオシャレでやっているのか。

 

 本部から招待を受けるというのは本来名誉なことかもしれない。しかし今の私には、名誉よりも睡眠が大事だ。

 

 「ちょっと!招待状いらないの?」 

 

 「あ…そこ、置いといて…ください…」

 

 眠気でまともに声が出ない。もうすでに意識は半分夢の中だ。

 

 「そこってどこよ。窓開けてくれないと置くに置けないんだけど!」

 

 今までクロエルは勝手に侵入していたように感じていたが、それは私が鍵をかけていなかったからのようだ。夏から秋口にかけては暑い日が続いていたので、換気のために常に窓は開けていた。クーラーをつけているときも、またすぐに開けられるように施錠はしていなかったので、クロエルも当たり前のように部屋に入ってきていた。

 

 ここのところ夜は冷え込んでおり、窓の鍵もしっかり閉めるようになっていたので、私が解錠しないと入室できない様子だ。クロエルの力なら窓を壊すことなど容易いが、さすがに部下の住居を破壊するほど非常識な人ではない。

 

 「さ、寒い…。自分だけ布団で温まってないで、私も中に入れてよ。いいの?ピンポン鳴らして正面玄関から堂々と入るよ?お母さんびっくりするよ?こんな恰好の女が夜に訪ねてきたら!」

 

 昼でも関係なくびっくりだろう。

 

 窓を開けなくてはいけない、と頭で分かっていながらも、睡魔に襲われて手が動かせない。

 

 ごめんなさい、クロエルさん。私は限界です。

 

 謝罪の言葉を口にしたつもりだが、実際は声に出ていなかったかもしれない。夢の中でははっきりと言ったので、勘弁してほしい。

 

 私は深い眠りへと落ちていった。

 

 その日見た夢は、とても楽しいものだった。

 

 

 翌朝目が覚めると、窓は閉まったままだった。

 

 締め出しを食らってしびれを切らしたクロエルが、強行突破した痕跡はなかったので一安心だ。

 

 リビングに降りていき、朝食の用意を済ませている母親と、ニュースを眺めている父親に「昨日の夜に変な人が来なかった?」と訊いてみたが、2人とも知らないという。

 

 どうやら諦めて帰ったらしい。

 

 せっかく招待状を持ってきてくれたクロエルには悪いことをした。今度会ったら謝っておこう。

 

 

 その今度はすぐに訪れた。

 

 制服に着替えて家を出て、角を曲がった瞬間、私の体がふわりと宙に浮かんだ。

 

 「昨日はよくもやってくれたわね」

 

 クロエルに後ろから抱きかかえられる形で、空を飛んでいると気付くのに、数秒かかった。まだ脳が完全に覚めていない証拠だ。

 

 「ほんと悪気は無かったんです。眠くて眠くて…」

 

 猛禽類に襲われたネズミのような姿勢のまま、言い訳と謝罪が半々の言葉を並べる。

 

 「それで、行くんでしょ?本部」 

 

 「まあ、招待されたなら行きますよ。でも今から?」

 

 「朝礼が始まるまであと何分よ」

 

 「いつも早めに登校してるので、20分くらいは余裕ありますけど」

 

 「それなら問題ないわ。本部の人って話短いから」

 

 学校と真逆の方向へと、私を抱えたままクロエルは飛んで行った。

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ