交渉は事前に行われるべきだ
「規定違反って…なんなんそれ。ウチをスカウトしたのは宮木さんやないですか」
「女子高に男子生徒は入学できないでしょう?」
「うん?」
「それと同じです。ソルガムナイツはヒーロー組織であり、ヒーローという言葉は主に男性に使われるもの。女性ヒーローなんて言葉は存在しません」
「そんなん言葉の定義によるやないですか。映画で女性ヒーローっていう言い方も聞いたことありますし」
「頭に女性と、つく単語は、その時点で男性がなることが前提とされているんですよ。総理大臣、プロレスラー、芸人、社長。権威ある役職や職業は、男性がなるものとされてるんです、この国では」
まるで昭和の考え方だ。男尊女卑というか、女性蔑視というか。
ガラスの天井は現代でも存在すると言われているが、女性の社会進出は着実に進んでいる。ななみの中学校の教頭も女性だし、クラスメイトの母親は実業家として莫大な利益を叩き出し、地元では有名な豪邸に住んでいる。
「ヒーローだって女性がなってはいけないんです。本来ならね。ソルガムナイツもその点は厳しくて、絶対に女性をスカウトしてはいけないというルールが設けられてるんですよ」
「ほならなんでウチをスカウトしたんですか。まさか男に見えたわけと違うやろ?」
一輪の花と形容されるような美少女のななみは、男に間違われた経験など一度も無かった。仮にななみを男と勘違いした人間がいたなら、目が見えていないか、女という存在を知らないかのどちらかだ。
「橘さんには、その辺の男の子よりも強いヒーロー、いや、ヒロインというべきでしょうか。どちらにしても、桁違いの戦力になってくれるという直感があったんですよ。実際私の見立ては間違ってなかったわけですし」
規定を犯していながら、妙にドヤ顔の宮木。やはりいちいち態度が鼻につく。
「量より質、というのであれば、橘さんのような強力な戦士を手に入れないわけにはいきません。まあ魔法少女に変身するとは思いませんでしたが」
「あの時渡してきたステッキは、いかにも魔法少女の変身グッズやったやないですか」
「あれは組織から支給されている、魔力を秘めた石です。持ち主に最も適した形の武器に自然と姿を変える。あなたも実際にそれを体験したんですし、知っているでしょう。魔法のステッキに変わったということは、魔法少女になるべくしてなったということです」
「あんなちゃっちいステッキになるって分かってたら、受け取らへんかったかもしれへんのに」
いちいち説明を遮って文句を言うななみに、人差し指を立てて黙れというジェスチャーを送ってくる。
「いいですか橘さん。あなたは存在自体がソルガムナイツにとってアウトなんです。いくら戦績を上げようが、女性が戦っているという時点で許されることではないんですよ」
「だからウチをスカウトしたのは宮木さんでしょう!さっきから勝手なことばっかり言うてますけど、こっちは被害者や。責任は全部そっちにある。なんやねん処罰て。勝手に処罰されたらええねん。ウチを巻き込まんといて」
「死なばもろともですよ。私たちは共犯です。橘さんだって、邪な感情の赴くままに契約したんですから、私ばっかり責めるのは筋違いですよねえ」
「なっ、ウチは別にそんなこと…」
いや、動機はとても不純なものだった。セクシーな敵を好き放題に嬲り、自死を選びたくなるほどの屈辱を味合わせてやりたい。それがソルガムナイツに入った目的ではあったのだが。
「ウィンウィンですよ。橘さんが活躍してくれれば、私の成績は上がる。もちろんあなたの存在は隠さないといけませんから、真堂君あたりの戦績ということにして上には報告します。その代わり、橘さんは欲望の赴くままに戦える。倒した敵をどうしようと、私は文句を言いません。ええ、そりゃもう、凌辱の限りを尽くしてもらって構いませんとも」
契約した後に知らない条件を提示して、ウィンウィンと言われても困る。
しかしクーリングオフは出来ないと言われているし、魔法のステッキは何度捨てようとしても、呪いの人形のように手元へ帰ってくる。ななみに魔法少女を辞退するという選択肢は、もはや残されていないのだ。
どうやら宮木はななみを利用して、自身の社会的立場を守ろうと必死のようだ。ここは人助けだと思って、協力するしかないだろう。
それにななみには、気になる存在が出来ていた。商店街で梓とともに出現した、あのボンテージ女。
ななみのどストライクだった。




