期待される重責
嵐が去った。
宮木は大きなため息をつきながら、席へと沈み込む。これが上司に怒られた大人の顔か。なんとも悲痛というか、いたたまれない。
ななみはテーブルの下から這い出し、宮木の対面に座りなおした。
「大人って、大変なんですね」
「色々あるんですよ。色々」
それ以上宮木は語ろうとしなかった。隣の真堂に目くばせをして、なにか気の利いた一言でも言えと促したが、彼にその気はないらしい。いつの間にか客も減った店内に、沈黙が訪れた。
一言も会話がないまま、宮木の後をついて会計に向かう。まさか割り勘とは言い出さないだろうが、一応財布だけは出す素振りをしておいた。小遣いの大半はエロ漫画に使っているので、出せと言われても500円までが限界だが。
ファミレスからの帰り道の途中で、真堂とは先に別れた。宮木と二人きりという、居心地の良くないシチュエーションになってしまったので、適当な理由をつけてこの場を離れようかと考える。
「そうや、コンビニで秋の新作スイーツが出てるんやったわ。買って帰りたいから、宮木さんは先帰っててください」
「よろしければ奢りますよ」
なぜ食い下がる。本当はスイーツなんて食べたくなかったし、そもそも新作スイーツが出ているかどうかも知らない。
宮木を引き離すことに失敗して、あれよあれよとコンビニへ。店内にはタイミングよく新作スイーツの広告が出ていた。しかし、さつまいも味のパイらしく、あまりななみの好みではなかったが、宮木にああ言った手前買うしかない。
なけなしの500円玉をレジに出そうとすると、「ここは私が」と宣言通りに宮木が奢ってくれた。
お礼を言って帰ろうとするも、イートインスペースに誘導され、街の往来を眺めながら宮木と隣り合わせに座る羽目になった。
一体何が目的なんだ。
「このスイーツは賄賂ですか」
単刀直入に尋ねる。
「なにかウチにしてほしいことがある。そうなんでしょう?」
自分用にも購入したスイーツをかじっていた宮木が、ゆっくりと頷いた。
「先ほどの里中部長の言葉はお聞きになりましたね?その中でこう言われていました。量よりも質だと。私がこれまでスカウトしたヒーローは、見事に全員素質に欠けていましてね。最初の戦いで死んでしまったり、運が良くても3戦目までには死亡。生存率が極めて低いんですよ」
「それは宮木さんの見る目がないんと違います?」
「私も上から言われて焦っていたんです。数打てば当たると思って手当たり次第スカウトしましたが、これがもう全然だめで」
「ほならウチも死ぬかもしれへんってこと?宮木さんが目を付けたってことは、多分そうやん。いや絶対そうやん!ウチ魔法少女辞める!」
「落ち着いてください。先ほどは部長に遮られてしまいましたが、まだ話してませんでしたよね。私が橘さんをスカウトした理由を」
「数合わせやろ?」
「いえ、あなたには本当にヒーローとしての素質がある。それは私が保障します。現にこれまでの活躍を見ていても、他のヒーローとは一線を画している。過去にも魔法や超能力を使う子はいましたが、こんな短期間で、しかも自在に能力を使いこなせるようになったのは、橘さん一人です」
褒められて悪い気はしないが、話が見えてこない。
「部長に指摘される前から、実は考えていたんですよ。もう無暗にヒーローを集めて、無駄に命を散らせるのはやめようと。それよりも強力な才能を持つ人材を見つけて、成績アップにつなげようとね」
「ウチがその人材ってわけですか」
容姿の良さのせいで周りから過度な期待をされ、それに応えるために必死になってきた人生。普通の人生を送りたいと切望していたななみだが、ここまでもまた普通から逸脱したらしい。
宮木がパイの最後のひとかけらを飲み込んだ。
「しかしですね、橘さんをスカウトしたのは組織の規定違反なんです。バレたら処罰は免れません」




