大人の世界の嫌な部分
ここからでは里中のヒールと足首から少し上くらいまでしか見ることができない。中学生のななみに物の良し悪しはまだ分からないが、それでも安物を履いていないことは見て取れた。
カツカツと踵が床を鳴らす音は、ファミレスにはなんとも不似合いに思える。
ちょうどテーブルの下で屈んだななみの目の前で、里中の足が止まった。
「もー、スマホ見てよ。私からの不在着信、何件入ってると思ってるの?」
「確認致しました。13件です」
「いや普通気付かない?外回り中だからって気を抜いてちゃダメだよ。いつも言ってるでしょ。常に上司からの連絡には出られるようにしといてって」
「申し訳ございません。以後気を付けます」
ななみに対する態度とまるで違い、平身低頭する宮木。里中のほうが確実に年下だと思われるが、ソルガムナイツは年功序列の組織ではないようだ。はたから見ればまるで娘に怒られる父親のような構図であり、まさか上司が部下を叱責しているとは誰も思うまい。
姿勢がきつくなってきたななみは、テーブルの下で動ける範囲で体勢を変えながら、2人の会話に耳を傾ける。
「ところで部長。一体何のご用件でしたか」
「あー、そうそう。宮木君がスカウトした子の様子を見に来たんだよ。えっと、確か真堂君だっけ?春先からバタバタしてて、まだ直接会えてなかったんだよね」
名前を呼ばれた真堂が、腰を浮かせた。その拍子に真堂の靴の先が、床に置いていたななみの手のひらを軽く踏みつけた。
「いっ…」
痛いという言葉が喉元まで出かけたが、なんとかこらえる。体を隠していても、声でバレたら意味がない。わざとでないのは承知しているが、真堂には後で文句を言っておくとしよう。
「キミが真堂君か!ちょうど良かった。宮木君に面談をセッティングしてもらう手間が省けたよ。それにして真堂君、オーラがあるね。うん、これはいい人材だ。さすが我が営業部のスカウトマンは見る目が違うわ」
里中が宮木の肩をバンバンと叩く。この人は体育会系なんだなと、ななみは思った。かなりななみの苦手なタイプの人間だ。
それから里中による真堂への軽い面接のようなものが始まった。
とはいっても、就職面接のアイスブレイクで行われるような雑談程度のもので、真堂が答えに困っているような場面は一度も無かった。
学校はどんな感じ?趣味は?ヒーローとして戦ってみてどう?
そのような質問が、立て続けに10個ほど繰り出され、面談はわずか15分ほどで終了した。里中は真堂の受け答えに満足したらしく、「これからもよろしく。期待してるよ!」と、体育会特有のよく通る大声で激励した。
順番でいえば、次はななみの番のはずだ。真堂と同じソルガムナイツの新入りなのだから、ななみも里中に挨拶くらいは済ませておくべきなのだが…。
「御足労頂きありがとうございました。引き続きスカウトのほうを進めて参りますので」と、宮木が里中を帰らせようとする。
ななみをテーブルの下に無理やり隠したくらいだから、里中と会わせたくない事情でもあるのだろう。
「んじゃ、お疲れー」と里中は一度踵を返したが、すぐに思い出したように振り返った。
「あっ、そうだそうだ。宮木君にもう一つ言いたいことがあったんだった!」
「な、なんでしょうか?」
一難去ったと安曽していたところへすぐさま戻ってきた上司に、宮木は警戒感をにじませた声で応じた。
「宮木君さあ、最近の成績やばくない?スカウトしたヒーローはほとんど死んでるし」
少し距離が離れたおかげで、里中の腰あたりまでがここから見えるようになっていた。彼女は腰に片手を当てて、いかにも怒っているというポーズを取る。
「そもそも!数が!足りない!」




