大人の焦る顔は見たくない
宮木の顔に本気の焦りが見えたのは、この時が初めてだった。
「さ、里中部長!どうしてここにいらっしゃるんですか?」
はじかれた様に座席から立ち上がる宮木。勢い余ってテーブルの角に腰をぶつけるほどに、憔悴している様子だ。
里中と呼ばれた女性は部長という肩書から、宮木の上司にあたる人物なのだろうとななみは考えた。中学生なので会社組織の序列には詳しくないが、ヒラの教師と学年主任くらいの違いだと、勝手に推測する。
しかし里中は、大そうな肩書の割には見た目が若すぎる。オフィスカジュアルのスーツを着ているが、リクルートスーツのほうが似合いそうだ。上京したての女子大生みたく、若干垢抜けきれていない化粧も相まって、就活生に近い印象を与える人だ。
これがソルガムナイツの一員?ヒーローを殉職させまくっている、超絶ブラック組織の管理職なのか。
半ば強制的にスカウトされたとはいえ、ななみも組織の人間には違いない。つまり直属ではないとはいえ、里中はななみの上司にあたる。挨拶くらいはしておこう。
「橘さん、隠れて!」
多くの人間を虜にしてきた愛嬌たっぷりの愛想笑いを浮かべる準備をしていると、宮木が鋭い眼光とともにななみに言った。
「えっ、なんで?」
「いいから早く!」
嫌らしいところもあるが、基本的に物腰柔らかな宮木が見せる異常なまでの強硬的な態度に、ななみは逆らえなかった。だが隠れろと言われてもここはファミレスだ。後ろの席の料理を運んできた配膳ロボットの陰に身を隠そうかとも思ったが、ロボットは何事かを呟きながら、すぐにその場を離れていってしまった。
里中が近づいてくる。宮木が間に入って陰になっているので、今はまだ里中からななみの姿は視認できていないが、もってあと数秒だ。隠れろと命じられる理由も分からないままにあたふたとしていると、頭に強い圧が加わった。殴られたのかと思うほどの強い力で、宮木がななみの頭部を押さえつけてきた。
「いたっ、なにするんですか!」
「黙ってテーブルの下に隠れていてください!」
手足をばたつかせて抵抗するななみの動きを片手で封じる宮木。まるで動物のような扱いではないか。
大人の力は強く、これ以上抗っても無駄だと悟ったななみは、言われた通りにテーブルの下に沈み込んだ。そこまで大きなテーブルではないが、ななみくらいの体の大きさであれば、足を折りたためばすっぽりと収まることが出来た。
ファミレスの床は掃除が行き届いておらず、埃っぽい。前の客が落としたであろう食べかすも散乱している。屈んだ拍子にフライドポテトの上に尻もちをついてしまい、さらに悪いことに、そのポテトにはケチャップもべったりと付着していた。
また服を汚したのかと、母親に怒られてしまう。




