サイコヒーロー
宮木はタブレットを鞄から取り出した。ななみが怒った勢いでカップを叩きつけたときに飛び散ったコーヒーをしっかりと拭き取ってから、タブレットをテーブルの上に置く。ななみの粗相をそれとなく咎めるような仕草が実にいやらしい。
「私はスカウトマンとして、数々の少年少女を組織に引き入れてきました。もちろん誰彼構わず声をかけているわけではないですよ。私なりの選定基準があるんです。まずは真堂君ですが…」
宮木が画面をタップして動画ファイルを呼び起こし、横並びに座ったななみと真堂に見えるように、端末を回転させた。
動画の中では、ヒーロースーツ姿の真堂が敵と交戦している。真堂の戦闘シーンは、まだ梓に負けているところしか見たことがなかったが、映像に映る彼の身のこなしは見事だ。体は獣、顔は人間の男性という神話生物もどきのようなモンスターの猛攻を躱して、相手の懐に入り込み、的確に急所を突いている。
ヌルヌルしたスライムとの相性が悪かっただけなのだろうか。
ななみは動画の再生時間のバーが、もう終盤に差し掛かっていることに気付いた。再生が始まったばかりなのに、もう終わり?あと数十秒で動画が終了になってしまう。この戦いはどんな結末を迎えるのだろう。
固唾をのんで最後を見届けようとしたが、動画の終わりはあまりにあっけなかった。急所を突かれて体勢を崩したモンスターが、真堂の足元に転がる。すると、物陰に隠れていたらしいモンスターの子供、いや正確には子供がどうかは分からないが、その神話じみた姿をそのまま二周り小さくしたような生き物が出てきたので、子供と思っていいだろう。小さいほうのモンスターが、地面に転がっている親と思しきモンスターに駆け寄る。人間の言葉は話せないらしく、あちら側の言語で真堂に何かを訴えている。親に抱き着き、いやいやをするように首を振る仕草と、子供の泣き声のような耳障りな声から察するに、親を殺さないでと懇願しているのだろう。
ななみはこういうのにめっぽう弱い。子供のモンスターの顔は幼稚園くらいの幼い男の子で、目に涙を浮かべている様子は庇護欲をそそる。たとえ体が獣であってもだ。
ななみがその場にいれば、親への攻撃をやめて、子供を抱きしめただろう。今だって、愛おしさのあまり思わず画面を指でなぞってしまっている。
ぐちゃっ、という音がした。
「え…?」
画面の中の真堂が、親モンスターの頭部を踏みつぶしたのだ。高性能タブレットを使っているせいで、その音があまりに鮮明に記録されている。
子供モンスターの泣き声が悲鳴に変わった。
だがそれも2秒と続かなかった。真堂が足を振り上げて、子供の頭に回し蹴りを食らわしたからだ。
そこに残ったのは、頭部の潰れた親と、首から上がどこかへ吹き飛んだ子供。哀れなモンスター親子だった。
動画が終わった。
「御覧の通り、真堂君には人の心がありません。サイコパス、という言葉では片づけられない人種なんですよ。私はそんな彼の冷酷さを買って、ヒーローにスカウトしたのです」
ななみは隣に座る真堂から、飛びのくように距離を取った。通路側に座っていればすぐにでも逃げ出せたが、あいにくボックス席で、しかも壁側。逃げられる範囲は限られている。
「なんなんあんた!怖い!近づかんといて!」




