ついに見つけた獲物
「なんなんよ梓さん。あんたどっちなん?見た感じ相手の男の子がヒーローっぽいし、梓さんはやってることが完全に悪もんのそれやし。ウチどうしたらいいんよ。正義の側としては、友情よりも優先しなあかんこともあるってこと?」
熱を帯びたスライムがヒーローのスーツを溶かしていく。地肌の面積が大きくなるたびに、梓の笑みも広がっていく。彼女の目に光がない。いや、もともと子供らしい輝きなど湛えていなかったが、この半年の間に、梓の黒目はさらに淀んでいた。光さえも飲み込む漆黒の瞳が、ヒーローの体を舐め回すように、上から下へ、下から上へと反復運動を繰り返す。
「もうやめえや、梓さん!あんたそんなことする子ちゃうかったやん」
止めに入ろうにも、スライムに阻まれてなかなか近づけない。ただでさえ狭い商店街の通路を巨大なスライムが塞いでいるわけで、もはや人間一人通れるスペースもあるか怪しいくらいだ。ななみがいくら叫んでも、声は届かない。
ヒーローの敗北を目の当たりにして何も出来ない無力さに打ちひしがれていると、こつんと後頭部をげんこつで叩かれた。振り向いた先には、宮木がいた。
「なにをぼさっとしてるんです。念願の本格的な戦闘ですよ。ずっと言ってたじゃないですか。悪の組織と戦いたいと」
「やっぱりあれ、悪の組織なんですか」
あれ、と言って親友を指差す。ついでにボンテージ女も。
「ノクターン・ロゼ。対少年ヒーロー特化型の組織です」
「ほなウチ関係ないやないですか」
宮木は一瞬何かを考え込むような仕草をして見せたが、すぐにいつもの表情に戻った。
「とにかく実戦経験を積むチャンスです。お得意の魔法を活かして戦ってください」
「戦うっていってもあれ、一応ウチの友達なんですけど」
「危険なのはその子じゃありません。撃破すべきは隣にいるハレンチな格好の女のほうですよ」
あのボンテージ女か。飄々とした態度からも、ヒーローをまったく脅威に思っていないのが伺える。さぞかし自分の実力に自信があるのだろう。きっと幹部クラスに違いない。
「まさにあなたの理想の相手ではありませんか?」
ななみの脳内で、お気に入りの漫画のシーンが駆け巡った。露出度の高い服装の小悪魔系敵キャラが、ヒーローの攻撃を受けてその余裕を崩す瞬間。ビキニ同然の格好で戦いを挑んだが運の尽き。防御力皆無の装備のせいで攻撃に耐えきれず、無様な格好をヒーローの前で晒すことになるあのシーン。額を地面に擦り付けて、悔し涙を流す顔面のドアップは、額縁に入れて飾りたいほどだ。
あのボンテージ女も、化粧こそ少し濃いものの、素材は悪くない。というか良い。もう少しナチュラルメイクをすれば、ファッション誌の表紙とまではいかずとも、2番人気のモデルくらいにはなれそうだ。
ボンテージというSMクラブでしか着ない格好とのミスマッチが実に素晴らしい。あの艶々の生地を引き裂き、豊満な胸を衆目のもとに晒したい。
ななみはステッキを振った。それはもう力いっぱい振った。
今までに見たことのない大きさの光の柱が出現し、アーケードの屋根を貫いた。
「あかん、やりすぎた」
つい気持ちが高ぶってしまった。
しかしななみは見逃さなかった。ボンテージ女が攻撃を躱す瞬間の、開かれた瞳孔を。口元にはわずかに笑みの欠片が残っているが、ヒーローと対峙していたときの余裕は、ななみの奇襲によって失われていた。
ボンテージ女は梓を抱えて飛び去っていった。戦略的撤退というやつだろう。
ななみは興奮の面持ちで宮木に駆け寄った。
「これやわ、これ!ウチがやりたかったんはこういうこと!」
戦闘が終わったあとの商店街は、見るも無惨な姿に変わっていた。もとから廃墟のような場所だったが、それは時間経過による老朽化と、野放図に伸びていた植物のツタなどが醸し出す自然的な雰囲気である。今の商店街は、廃墟というよりも爆心地だ。戦前から営業していたかもしれない、昭和の香りが残る店も全て吹き飛んでしまった。先人たちの霊に呪い殺されるかもしれない。
「気に病むことはありませんよ。コンビニを全焼させたときも言いましたが、正義に犠牲はつきものです。どうせ放っておいても潰れる商店街なんですから。それよりも橘さんは、彼の命を救ったんですよ」
「彼?」
宮木に言われるまで、窮地に陥っていたヒーローのことなど忘れていた。ボンテージ女のことばかりで頭がいっぱいになっていたのだ。
ぐったりと倒れ込む少年は、おそらくななみと同年代だろう。中学生の男子にしては、随分と影のあるというか、妙に色っぽい雰囲気を漂わせている。それは全身がスライムまみれで、おまけに服も半分以上溶けているから余計にそう思うのかもしれないが。
しかしヒーローにしては華奢な体つきだ。胸の膨らみがないことを除けば、女子に見えなくもない。




