都合のいい魔法の使い方
消防車のサイレンが、閑静な住宅街にけたたましく鳴り響く。客の誰かが通報したらしく、消防隊の到着は思ったよりも迅速だった。
ななみは燃え盛るコンビニを前に、茫然と立ち尽くしていた。炎の熱を含んだ風が肌を撫でるが、体からは冷や汗が吹き出ていた。なにせ、この火災の犯人は自分なのだから。
まさかこうなるとは思わなかった。命乞いする強盗にお灸をすえてやろうと、強めの魔法を放っただけだったのだ。しかし魔法少女歴が約2時間ほどのななみに、魔法のコントロールが出来るわけなどなかった。
ステッキがより強く振動したかと思うと、全体が真っ赤に光り、次の瞬間には炎の柱が強盗を焼きつくしていた。悲鳴を上げる間もなく強盗は消し炭になり、そこにはまるで最初から誰もいなかったかのように、焼け跡だけが残った。
悪は滅びた。もはや過剰防衛などの域を出て、完全に殺人行為であるが、とにかく犯罪者の成敗には成功した。だが問題はそこからだった。
魔法が暴発し、2本目の火柱が生まれた。もう焼きつくす対象などないのに、続いて3本、4本と増え、瞬く間にコンビニは10本を超える火柱で埋め尽くされた。
ななみは気絶している女性店員を逃がそうとしたが、脱力しているうえに、相手は自分よりも20センチは大きいので、運ぼうにも重くて動かせない。意図的ではないにせよ、強盗の命を奪ったことはこの際構わない。しかし被害者である店員まで火災に巻き込むわけにはいかない。ななみは一か八か、ステッキを握って念じた。魔法少女である自分が使える魔法が、まさか攻撃だけではあるまい。念力のような力だってきっと使えるはず。
先ほど光の弾を放ったときと同様に、魔法を脳内でイメージした。
店員の体がふわりと宙に浮く。成功だ。
魔法の力をもってすれば、相手の体重など何の問題にもならない。ななみは店員を店の外に運び、店内に残っている人間がいないことを確認して、自分も避難した。
消防隊が到着したのはその2分後だ。
訓練された消防隊員たちの無駄のない動きに寄り、消火活動は素早く行われた。魔法が生み出した炎なので、水や消火剤で消えないなどの特殊効果があるかと危惧したが、それは杞憂に終わったようだ。
炎の消えたコンビニは、見るも無残な姿になっている。屋根は崩落、ガラスは粉々。周囲の民家に延焼しなかったのが救いだ。
消防に続いて現場に到着した警察を見て、ななみは青ざめた。自分が火災の原因だとバレたらどうしよう。中学入学を前に、逮捕されてしまうのだろうか。
その場から立ち去ろうとしたが、一歩遅かった。火災現場の前で魔法少女の恰好をした子供がいれば、嫌疑はかけられないまでも、怪しく思われることは避けられない。案の定警察がこちらへやってきた。
「キミ、ちょっといいかな。さっき通報してくれたのはキミかな?」
「いや、違います。ウチはここで買い物してただけです。なんで火事が起きたとか、なんも知りません。知りませんってば」
責められたわけでもないのに、早口になってしまう。これでは余計に怪しまれるだけだ。
警察は一瞬眉をひそめたが、相手が子供なので、パニックで怯えていると勘違いしたのだろう。皮膚の固くなった手で、ななみの頭を優しく撫でできた。
「ああそうか。煙を吸い込んだり、怪我をしてないかい?」
「は、はい。ウチは大丈夫です。それよりあの店員さん。そこで転がってる女の人のほうを気にかけてあげてください。襲われてましたから」
「襲われたって誰に?」
「強盗…」
「強盗?」
しまった。強盗の事は警察は知らない。やつの存在を知られてしまえば、話はややこしくなる。監視カメラも火事で破壊されているといいが、周辺の別のカメラが強盗の入店する姿を捉えているかもしれない。日本の警察は優秀だ。調べ上げれば、ななみが強盗を抹消した事実にも突き当たる可能性がある。
「なんでもありません。すいません、ちょっと混乱してるみたいです」
なんとか誤魔化せそうだと、ななみは胸をなでおろす。
しかし間が悪いことに、気絶していた店員が意識を取り戻してしまった。
「あれ…、私はなにを…」
まずい。せっかく強盗の件をはぐらかしたのに、被害者本人の口から喋られては都合が悪い。ななみは警察よりも先に、店員に駆け寄った。
「大丈夫でしたか、お姉さん!ほんまに心配したんですよ!」
まるで知り合いのような口調を装うななみに、店員はぽかんと口を開けている。
タイミングは今しかない。ななみはステッキを店員に向けて、こう念じた。
記憶よ、消えろ。




