捨てるなんてもったいない
チラリズムとは素晴らしい概念だ。見えるよりもギリギリ見えないほうがエロいと感じるのは、一体どういう心理の働きなのだろうか。
溶けた少年のヒーロースーツから覗く白い足。年は見たところ同じくらいだが、産毛の一本すら生えておらず、まるでマネキンのようだ。女の私でも処理を怠ればすぐにムダ毛が生えてくるというのに。
「ねえ、さっきから何見てんの?」
少年が小さな子供に話しかけるように屈みこみ、私の顔を見上げてきた。
「ひっ、それ反則!」上目遣いは破壊力が高すぎる。
「ああ、もしかしてこれ?」
私の視線が突き刺さっていた箇所を少年が指さす。
「スーツのことなら気にしないでいいよ。予備だって何着かあるし、無くなったら発注すればいいんだから」
「じゃあそれ、捨てちゃうんですか?」
「もう次の戦闘では着られないしね」
「それって燃えるゴミで出すんですか」
「なんでそんな事聞くの」
「他意はありません。断じて」
学校のゴミ捨て場に捨てるつもりならあとで回収しよう。脱ぎたてのヒーロースーツの蒸れ具合をこの肌で実感したい。
授業終了を告げるチャイムが鳴った。そういえばまだ授業中だったっけ。
「早く教室に戻りなよ。次は体育でしょ」
「あっ、はい、それじゃ私はこれで。助けてくれてありがとうございました!」
別れは名残惜しいが、これ以上話に付き合ってくれそうな気配もないので、大人しく退散した。
教室に向かって廊下を歩いていると、先ほどの騒動によるパニックはまだ収まっていないようで、すべてのクラスがざわざわと騒ぎ立てているのが聞こえた。そりゃ当然だろう。巨大な触手の登場という突然の非日常。そして美少年ヒーローによる華麗な討伐。
たった数分の間に起きた出来事とは到底思えない。
「梓、大丈夫だった?」
教室に戻ると、恵が顔を真っ青にして駆け寄ってきた。
「さっきのでかいやつに攫われてたよね!怪我してない?」
「ああうん、全然大丈夫。ちょっと変な液体かけられただけだし、それ以上に貴重な体験もさせてもらったから」
「貴重な体験?」
「恵も見たでしょ、さっきのヒーローさん。近くで見るとすごい美少年だったんだよ!私のタイプど真ん中!」
「その感じなら案外余裕そうだね。心配して損しちゃった」
安堵の息を漏らして、恵が椅子に腰を沈めた。
「ていうか次体育じゃん。更衣室行かないと」
さすがに学校から中止のアナウンスが入るかと思ったが、事件は収束したということで授業は通常通り行われるらしい。もう少し警戒してもいいと思うのだが。
体操着を持って更衣室に向かおうとして、私はふと少年と交わした会話を思い出した。彼は次の授業が体育だということを知っていた。一体なぜ?
もしや彼はここの生徒なのか…?




