変身シーンの定番は…
ななみの視界は、光で白く覆われた。あまりの眩しさに目を閉じても、瞼では遮ることの出来ないほどの光量だ。このまま失明してしまうのではないかと恐れを抱き始めた頃、ようやく光が収まった。寝起きのように、目を瞬かせながら手元に視線を落とした。
そこにあったはずの石がなくなっている。代わりにななみの手に握られていたのは、魔法のステッキだった。
一目でそれと分かるほど、わざとらしいくらいのデザイン。女児向けアニメで魔法少女が持っている、まさにそれだった。宝石が散りばめられた装飾や、お菓子のような色使い。魔法のステッキと言われて、ほとんどの人が想像するであろう物体が、ななみの手に収まっていた。
「ちょっ、なんなんこれ。ヒーローになれるっていう話やったやないですか!」
「なるほどなるほど。そう来ましたか」宮木は顎を撫でて頷く。
「魔法の力があなたをあるべき姿に導いた結果がこれですよ。そのステッキはヒーローに変身するためのアイテム。さあ強く念じて、振ってみてください。なんなら決め台詞も考えますか?」
「嫌です!こんなん絶対魔法少女になるやないですか。ウチはヒーローがいいんです。もっぺんやりますから、新しい石下さい」
「魔法の力を与えられるのは一度きりです。運命だと思って受け入れてくださいよ。というか、そもそも何が不満なのか私には分かりかねますね。橘さんは眉目秀麗な女の子。魔法少女なんてうってつけじゃありませんか」
冗談じゃない。ななみの望むのは、ヒーローの圧倒的な力を振りかざして敵を蹂躙すること。どこの世界に、敵幹部を辱めるために魔力を振るう魔法少女がいるだろうか。
ななみはステッキを宮木に突き返そうとした。しかし宮木はそれを受け取ろうとしない。
「こんなステッキなんかいりません。ヒーローになれへんのやったら、さっきの話も全部なしでお願いします」
ななみの抗議がまるで聞こえていないかのような宮木の態度に腹が立ち、ステッキを地面に放り投げた。学校では絶対に見せない行儀の悪さだが、どうせ今は宮木の他に誰も見ていない。
ステッキは地面に触れる直前に、ふわりと宙に浮いた。そしてななみの手元に、吸い寄せられるかのごとく、すっぽりと収まった。
「今捨てたやん。なんで帰ってくんの!」
「魔法の力に選ばれたんです。もう2度と手放す事は出来ませんよ」
「そんなん聞いてへん!」
「言ってないですから」
「宮木さん。あんたわざと黙ってたでしょ!」
宮木は、ななみの怒りを乾いた笑いで受け流す。
「まだ大事なステップが残っていますよ。ステッキだけでは魔法少女とは言えません。ヒーローだってそうですが、変身が一番の醍醐味でしょう?」
変身と聞いて、ななみの脳内に浮かんだイメージは、日曜の朝に放送されている女児向けアニメだった。フリフリのドレスのような衣装は、まるで戦闘に向いていない。ヒールでは走ることも出来ないし、全体的に防御力に欠けている。ヒーロースーツに付いているような装甲もなく、どこに攻撃を食らっても生身と同等のダメージを受けそうだ。視聴者層が低学年までの女子くらいだから、ファッション重視のデザインに寄るのは仕方がないとはいえ、あまりに非現実的だ。
「魔法少女に変身なんてしたくないです。嫌やわ、あんな恥ずかしい恰好」
「しかし橘さんはもう選ばれたのです。さあ魔法のステッキを一振りしてください」
「嫌!絶対振らへん!」
ななみはもう一度ステッキから手を放そうとしたが、手が思うように動かない。まるで操り人形になったかのように、見えない糸で腕が引っ張られる。ななみの右手、ステッキを持ったほうの手が、ゆっくりと上に上がっていく。
「み、宮木さん!ウチになんかした⁉」
「私じゃありません。魔法の力ですよ」
右手が頭の高さまで上がり、そのまま勢いよく振り下ろされた。
再びななみの視界が光に包まれる。
着ていた新品のワンピースの布地が、肌から離れる感触。嫌な予感がしたときにはもう遅かった。下着だけを残して、ななみの衣服はどこかへ消えていった。幸いにして強烈な光のおかげで、下着姿を公衆の面前で曝すことにはならなかった。
「お似合いですよ。橘さん」
光が消えた直後、宮木が小さく拍手をして寄こしてきた。ビジネスバッグから手鏡を取り出し、ななみに向ける。
そこに映っていたのは、魔法少女の衣装に身を包んだ自分の姿だった。




