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不審者に違いない


 「もうなくさんように、しっかり持っときや。今度飛んでいったら、どこ行ってしまうか分からへんよ」

 

 風船の紐を掴む少年の拳は、固く握られていた。春の陽光よりも眩しい笑顔で、何度もこくこくと頷く。ななみは少年の頭を軽く撫でて別れを告げると、再び桜並木を歩き始めた。

 

 過ごしやすい気候とはいえ、30分も歩いていると少し汗ばんでくる。ちょうど公園を通りかかったので、自販機で飲み物を買って休むことにした。あまり補充がされていないのか、売り切れの表示が目立つ。ななみが飲みたかった、ライチの果汁入りの飲料も売り切れていた。麦茶で妥協しようかとも思ったが、体が糖分を求めていたので、普段はあまり飲まないリンゴジュースを購入した。

 

 木のベンチは前日の雨を吸っており、ワンピース越しの尻に不快な感触が伝わってきた。顔をしかめて立ち上がろうとした時、2つ並んだベンチのもう一方に、男性が腰を下ろそうとした。

 

 「そこ濡れてますよ。座らんほうがええと思います」

 

 ななみは濡れた尻を手で払いながら忠告する。

 男性は中腰の姿勢で一瞬固まり、ななみの言葉に従って座るのをやめた。長身痩躯の男性は、チェック柄の洒落たスーツに身を包んでいる。仕立ての良い、いかにも高そうなスーツなので、未然に汚れるのを防げて安心した。

 

 「これはどうも、助かりました。ちょうどクリーニングから返ってきたばかりだったんですよ。お嬢さんが注意してくれなければ汚してしまうところでした」

 

 少なくとも2周りは年下であるななみに対して、慇懃無礼な態度で接してきた。悪い気はしないが、少し居心地の悪さも感じてしまう。

 

 「お役に立てて良かったです。ほんならウチはこれで」

 

 座る場所も無くなったので、まだ2口しか飲んでいないリンゴジュースを小脇に抱えてその場を辞そうとした。残りは家に帰ってから飲むとしよう。

 

 「そんなに急がなくていいじゃないですか。私はあなたに話があるんですよ」

 

 「えっ、ウチに?」

 

 小6の時の担任が、ホームルームで言っていたことを思い出す。最近、この近辺で不審者情報が多数報告されている。くれぐれも知らない人にはついていかないこと、と。まさかこいつが例の不審者か。

 

 ななみはこの場をやり過ごす方法を考ようと、頭を巡らせた。走って逃げる?それでは追いつかれてしまうだろう。足の速さには自信があるが、所詮は小学生レベル。成人男性の体力にはかなわない。では誰か助けを呼ぶ?しかし周りを見ても、自分より小さい子供と老人しかいない。とても助けを求められる相手ではないし、かえって巻き込んでしまっては申し訳ない。

 

 ななみが選んだのは、真っ向からの対話だった。

 

 「…なんの用ですか?」

 

 男の身長は175センチはありそうだ。ななみからすれば、凄みをきかせて睨んでいるつもりでも、ただの上目遣いにしか見えないだろう。それでも警戒心をむき出しにすることで、一定のけん制効果はあると信じたい。


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