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退屈な春休み

 

 中学入学までの春休みは、ななみにとって退屈な日々だった。望まなくとも広がっていく交友関係のせいで友人は多いが、休みの日に予定を合わせてまで遊びたいとは思えない。男子から送られてくるしつこい誘いのメッセージも、全て見なかったことにする。

 

 ななみが会いたいのはただ一人、梓だけだった。しかし梓から誘われるのを待っていても、一向に声をかけてくれない。自分から積極的に声をかけてくるタイプでないことは分かっている。卒業式の日にそっけなく別れた手前、まだ1週間しか経っていないのに、ななみから誘うのも、妙に気が引けた。よほど寂しがっていると思われるのも癪だ。

 

 メッセージアプリを閉じて、ベッドから飛び起きた。部屋で悶々としていてもしょうがない。外に出て気分転換でもしようと、桜が満開になった川沿いの道を歩く。

 

 春の日差しが木の間から差し込む。手で庇を作って目を細めていると、はらりと桜の花びらが一枚、ななみの手のひらに落ちてきた。指先で摘まむと、それは少し湿っていた。そういえば前日は雨だった。

 

 川の水面には散った花びらが浮かんで、ゆっくりと流れている。ななみが近くを歩くと、日向ぼっこしていた亀の群れが慌てて水に飛び込んだ。驚かせるつもりは無かったのだが。

 

 この川はどこまで続いているのだろう。ふとそんな事を考えていると、少し離れた先から小さな男の子が泣く声が聞こえてきた。

 

 「どうしたん?なんで泣いてるん?」

 

 ななみは声の主に近づき、かかんで目線を合わせた。

 

 「風船、風船が。おばあちゃんに作ってもらった風船、飛んでっちゃった」

 

 少年は見たところ幼稚園生。泣きはらした顔は真っ赤で、ななみが来る前からずっと泣いていたことが分かった。ななみにとって風船の一つや二つなど取るに足らないものだが、少年にとっては大事なものなのだろう。

 

 「それ、どこ飛んでいったか分かる?」

 

 少年は手の甲で鼻水を拭い、その手で木の上を指した。

 

 ちょうど枝と枝の間に絡まるように、赤い風船が引っかかっていた。

 

 ななみは着ていたワンピースの裾を摘んだ。おろしたての新品。汚さないように気を付けながら、ここまで散歩してきた。しかし目の前には泣いている非力な少年がいる。

 

 ななみの頭の中には、悪を成敗する正義のヒーローの姿が浮かんだ。彼らは悪と戦うだけが使命ではない。困っている市民を助けるのもまた、ヒーローの務め。

 

 「ええわ、お姉ちゃんがとったるからな。ちょっと待っとき」

 

 木登りなんてした事は無かったが、足がかけられそうな場所を探してよじ登った。一度滑り落ちそうになり、手が擦りむけてしまった。それでも諦めずに昇り切り、風船の救出に成功。もうワンピースは無茶苦茶に汚れてしまった。それでも風船を受け取った少年の笑顔の前には、汚れなど採るに足らないものに思えた。


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