卒業とはこういうこと
小学校卒業までの3年間は、ななみにとって理想通りの生活とはいかなかった。注目を浴びるのが嫌で転校したが、新しい学校でも特別視されるのは変わらない。異性からの下卑た眼差しや、同性からの嫉妬。それらを一身に受けることに、ストレスを感じないといえば嘘になる。
しかしななみには、心の支えがあった。同じ変態的趣味を共有できる唯一の相手、梓である。性的興奮を覚える対象は、梓とななみで真逆だが、それでも2人は不思議な絆で結ばれていた。時にはお互いのオリジナルキャラを描いたイラストを見せあったりもした。
ななみの描く美少年ヒーローが梓には刺さったらしく、翌日に返ってきた自由帳には、ななみのオリジナルキャラが凌辱されているシーンが克明に描かれていた。
ななみとしてはヒーローが敵幹部を力でねじ伏せるのが好きなので、少年がやられるのは本意ではなかったが、梓といびつな交換絵日記をするのは楽しかった。
クラスメイトは誰も知らない、2人だけの秘密。そんな怪しい関係を3年間続け、ついに卒業の日を迎えた。幼稚園の卒園式では、あまり感傷に浸った記憶はない。思い出といっても、無理やり主役を任された演劇くらいしかなく、決していい思い出ともいえなかった。下手くそな演技で父兄と先生たちを凍り付かせた瞬間は、今でもななみのトラウマだ。
だが幼稚園とは違い、小学校生活は楽しい出来事で満ちていた。主に転校後、梓と出会った3年間に集約されているが。
「どうしよう。ウチ泣いてまうかもしれへん」
卒業式の前日、梓と歩く帰り道で思わずそう漏らした。まだ冬の寒さが微妙に残る空気が肌を撫でる。梓の返答はそっけないものだった。
「別に永遠の別れってわけでもないでしょ。橘さんの進学先って私立のあそこだし、駅で言ったら3駅しか離れてない」
「そうなんやけどさあ。今までみたいに毎日は会えへんやんか。梓さんは寂しないん?」
寂しいと言ってほしかった。変態的趣味を共有できる相手など、この先の人生で会えるかどうかも分からないのだ。ななみにとって梓は、特別な存在になっていた。
梓は点滅する信号機を見上げて、初めて会ったときと同じような抑揚のない声で言った。
「あんまりセンチメンタルになるタイプじゃないから」
宣言通り、卒業式で梓は涙の一滴すらこぼさなかった。我慢しているのではないかと目を覗き込んだが、そこには一切の水分が感じられない。もともと世を睥睨するような冷めた目つきだったが、その日はより無感情さに拍車をかけていた。
別れの挨拶もそっけないものだった。
「それじゃ、また」
まるで明日も学校で会おうというような言い方だが、小学生としての明日はもう来ない。ななみは梓を呼び止めようと足を踏み出し、そして止まった。卒業証書の筒を握る手が震える。
梓の言う通り、今生の別れというわけではない。会おうと思えばいつでも会えるが、会うには何か理由が必要になってしまう。新しいエロ漫画を買ったから一緒に読もう?美少年ヒーローの新イラストが出来たから、見てほしい?毎回会うためには、きっかけとなる理由がいるようになってしまう。これが卒業というものなのか。
遠ざかる梓の背中を見送り、ななみは空を見上げた。今年は冬が長引いたこともあり、桜が少し遅咲きだ。あと1週間卒業式が遅ければ、きっと満開だっただろう。




