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あの日みたヒーローショー

 

 休み時間になっても、隣の席の彼女は漫画を読むのをやめなかった。前傾姿勢はどんどん急角度になり、横から見るとまるでエビのようだ。

 

 漫画の内容が気になり、ななみはさりげなく後ろに回り込んで覗き込もうとした。しかし少女の警戒感は強く、背後に気配を感じると、勢いよく漫画を閉じてしまった。風圧で彼女の前髪が膨らむ。よほど見られて困るような漫画なのだろうか。

 

 それからというもの、少女のことを常に目で追うようになってしまった。他のクラスメイトとほとんど言葉を交わしているところも見たことがなく、ずっと謎に包まれた存在。誰かに聞いてみても、彼女のことを深く知る人物には出会えなかった。特に嫌われているわけではないが、仲間にいれようとも思わない。存在はしているが、誰も気にかけない。ただひたすらに、内容不明の漫画を読みふけっている。

 

 ますます少女に興味が湧いたななみは、意を決して声をかけてみることにした。

 

 「なに読んでるの?」

 

 

 宇羅未梓は、変態だった。

 

 初めて言葉を交わした日から意気投合し、ななみにとって梓は唯一無二の親友となった。しかしそれは、ななみもまた、変態であったからだ。

 

 梓が読んでいたのは、美少年ヒーローが凌辱されるエロ漫画だ。触手や魔法。ありとあらゆる手段で辱めを受けるヒーローが、繊細な筆致で描かれている。肌に滴る汗や敵から発せられた粘液の描写は、ページに触れれば指先が湿りそうなほどにリアルだ。週刊誌で連載すれば覇権を取れそうな画力だが、作者はエロ漫画しか描かないらしい。性的興奮がないと。筆も乗らないということだろう。

 

 一方でななみが興奮を覚えるのは、正義に屈してあられもない姿を曝す敵幹部だ。

 

 幼い頃、親に連れられて見に行ったヒーローショーで、ななみの性癖は開花した。

 

 父親に肩車をされながら鑑賞したそのショーは、テレビで放送中の特撮ものの舞台だった。赤、青、緑、ピンク、黄色のスーツのヒーロー5人が、激闘の末に敵を追い詰める。そこへ現れた敵幹部の女性は、おおよそ子供向けとは思えないほどに露出の高い恰好をしていた。まるでSMクラブの嬢のようだ。こいつがまた強く、エナメルのブーツでヒーローたちを足蹴にしたり、鞭での攻撃もお手の物。

 

 ヒーローチームのうち女性は2人で、特に男性人気が高いピンクが鞭うちにされるシーンでは、会場内の男性客からどよめきが上がっていた。

 

 ななみが痺れたのはそのあとだ。5人の合体技を食らった幹部の服がエネルギー波で吹き飛び、下着姿になるという演出が盛り込まれた。昭和の脚本家が作ったようなシナリオだが、この古典的お色気シーンに、ななみの中で何かが弾けた。

 

 高飛車でサディスティックな女幹部が、公衆の面前で痴態をさらす様。ななみの脳には、その光景がはっきりと焼き付いた。

 

 ななみが変態の道に足を踏み入れたのはその日からだ。

 

 特撮ものの放送が始まると、お気に入りの幹部がやられるシーンだけを食い入るように見る。話を盛り上げるためにヒーローが劣勢になるシーンが必ず挟まれるが、早送りできないのがもどかしかった。

 

 公式からの供給だけでは飽き足らず、ついには自作のイラストも描き始めた。

 

 親から買ってもらった新品の自由帳に、服のはだけた幹部のイラストを描く。何ページも何ページも。やがて自由帳は、ななみの性癖に埋め尽くされた。


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