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王道展開の全否定

 「危ない!」

 

 私の叫びは少年に危険を知らせるにはわずかに遅かった。

 

 2本目の触手が少年の右足首に絡みつき、彼の細身の体を宙に投げ出す。咄嗟に太めの木の枝を掴んで自由を奪われるのを防ごうとしているが、そこへ3本目が追撃。枝を掴んでいた少年の腕に巻き付き、木から引き離した。片手と片足を触手に封じられたまま、彼は宙ぶらりんのような状態になる。先ほど握っていた剣は衝撃で地面に落ち、武器が完全に失われてしまった。

 

 絶望的な状況だ。手足を封じられては、いかにヒーローであろうとも戦うことができないだろう。私には少年を助けることは出来ない。ただ傍観しているだけの自分が情けない。いやでも触手に捕らわれたヒーローなんて展開としては王道とも言えるし…。

 

 自分の無力さと、わずかに邪な期待との板挟みに合いながら少年の顔を見ると、そこには一切の焦りも屈辱の表情も浮かんでいなかった。まるで道端に転がっている虫の死骸を見るかのような無感情な視線を、自分を今まさに襲っている触手に向けている。それは背筋に寒気が走るほど冷たいが、同時に美しさも感じた。私もあの目で見つめられたい。

 

 蔑まれている事を感じたのか、触手は怒りで赤みを帯びながら少年の体を締め付け始めた。しかし彼はやはり眉1つ動かさない。

 

 「ぬるぬる君さ、ほんとキミって単細胞なんだね。触手なんかに締め付けられてやられるヒーローがどこにいるっていうの?」

 

 えっ、いないの?

 

 少年が拘束された方の足を振り上げると、触手が根本から千切れて、泥のような色の液体が噴き出した。なんて馬鹿力なんだ。これがヒーローの能力ってやつなのだろうか。

 

 茫然とその様子を見ていた私の顔に、液体の飛沫がかかった。

 

 「うわキモッ!マジで最悪!」

 

 ハンカチを常に持ち歩くような上品な生活はしていないので、制服の裾で顔を拭く。

 

 そして顔をあげた頃には、既に戦いは終わっていた。10本あった触手は全て切断されたり、引きちぎられたりで活動を停止しており、あとに残ったのは巨大なイソギンチャクのような何かだった。

 

 「もう平気だよ。怪我はない?」

 

 少年が私の目の前まで一瞬で移動し、あの怪力を発揮したとは思えない細い手を差しだしてくる。


 幼い頃に憧れたヒーローそっくりの少年が、謎の液体が顔にまだ残っている私に手を差し出している。

 

 本来なら喜ばしいシチュエーションなのだが、いかんせん私の顔のコンディションがよくない。グロテスクな触手から噴出した液体など、どんな猛毒かも分かりはしないのだ。

 

 「あの、ちょっとあっち向いててもらえますか?顔に変なのがかかっちゃって…。すぐ綺麗にしますから!」

 

 制服の裾のまだ汚れていない部分を使って再び顔を擦り始めた私を見て、少年の眉が怪訝そうにひそめられた。

 

 「もしかしてあいつの体液が?」

 

 「ねばねばしてますねこれ。いかにもあの触手モンスターが出しそうな感じ」

 

 「早く洗い流さないと!」

 

 少年が血相を変え、私の腕を掴んで運動場の脇にある手洗い場まで連れて行った。出力を最大にして、上向きにした蛇口から水を勢いよく噴出させる。

 

 「あの体液は危険なんだ。長く触れていると皮膚でもなんでも溶かしちゃう」

 

 「ひぃぃぃ!それ早く言ってよ!」

 

 思春期はホルモンバランスの乱れで肌が荒れることはある。手入れには気を使っているが、ニキビが出来てしまうことも避けられず、鏡の前でテンションが下がる朝も何度もあった。しかし触手の体液で肌が爛れるなどあってはならない。それなら顔面中がニキビまみれになったほうがマシだ。

 

 10分かけてようやく顔に付着した体液を全て流し終えた。

 

 「私の顔見てください。どこも肌荒れしてないですか?」

 

 「うーん、大丈夫じゃない?」

 

 「ちょ、近いって!」

 

 自分から見ろと頼んでおいてなんだが、鼻先がくっつきそうな距離まで少年が顔を寄せてきたことに驚いた。

 

 思わず目線を下に落とすと、ヒーロースーツに包まれた少年の足に異変を見つけた。

 

 スーツの生地が溶けている。

 

 そうだ、触手に絡みつかれた時に彼の体にも体液が付着した。それもべっとりと。

 

 少年の陶器のような白い足が、光沢のある化学繊維の奥から覗いている。私は視線をそこへ固定したまま、しばらく動けなくなった。


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