燃えるロックンロール
かつてそこには中庭があった。しかし今は見る影もない。突如として増幅した火柱によって、中庭は完全に焼きつくされてしまった。多くの生徒が青春を過ごした思い出の場所は、崩れ去った塀と階段、そして消し炭と化した植物だけの無残な姿に変貌した。
あの中にななみが取り残されていたとしても、本人かどうか判別がつかないくらいに黒焦げになっているだろう。
火柱がダンスを踊るように、右へ左へと揺れている。消火剤での鎮火を試みるも、荒れ狂う炎にはまるで歯が立たない。
「オイ!さっきのバンドのやつら、出て来やがれ!」
炎の中から、エレキギターを提げた女性が現れて叫んだ。いかにもパンクロッカーといった服装だ。不思議なことに、火は女の服にも髪の毛にも燃え移っていない。まるで炎が意思を持って、女を避けているようだ。
「へったくそな演奏しやがってよお。よくもその演奏でステージに立とうと思ったな。バンドマンの風上にも置けねえやつらだ。アタシが根性叩きなおしてやるよ!」
金髪に赤のメッシュ。牛の鼻輪に見紛うほどの大きなイヤリング。首元にもピアスが4つ開いており、まるでサイボーグみたいだ。
「出てこねえつもりか?このビビりどもが!だったらもう一発、でっけえのぶっぱなしてやるよ」
ギターのピックを振り上げた瞬間、女の体が吹き飛んだ。それと同時に炎も消え、ずっと吹いていた熱風からようやく解放された。
「出やがったな、ソルガム・ナイツ…!」
ソルガム・ナイツ。確かクロエルが言っていた、ヒーロー組織の名前だ。
そしてこの学校にいるソルガム・ナイツのメンバーといえば…。
「よくも文化祭を無茶苦茶にしてくれたね。これでも結構楽しみにしてたんだけどな」
真堂だ。いつものヒーロースーツに身を包んだ真堂が、ロックンロール女に剣の切っ先を向けている。
女は上唇をめくれ上がらせて不敵な笑みを浮かべた。
「お前ひとりでアタシに勝てるわけないだろ。こっちはノクターン・ロゼの幹部。レベルが違えんだよ!」
「えっ、ノクターン・ロゼの?」
いかにも危険そうな人物の口から自分の所属する組織名が出たことで、つい恵のいる前でその名を口にしてしまった。
「知ってるの?その、なんとかロゼ」
「いや知らない。聞き間違えただけ」
幹部ということはつまり、クロエルと同じ立場ということだ。同僚か部下か、はたまた上司か。もしクロエルの上司であれば、その下に属する私の上司ということにもなってしまう。ああいうのは苦手なタイプなので、せめてクロエルのほうが上であってほしい。
「てかアタシはお前なんかに用はねえんだよ。さっきのバンドマンどもにムカついてんの。ドラムのリズムはずれまくりだし、ベースもしたり顔で弾いてるわりにはドへたくそ。最悪なのはボーカル。よーくもあんなにキー外せんな。逆に尊敬するわ」
満遍なく悪口を言われた当の本人たちは、すっかり萎縮していた。全員楽器を手放し、抗戦の意思がないことを示している。
「まさかそれだけが理由で、中庭を吹き飛ばしたっていうのか?」
真堂の眉が怒りでわずかに吊りあがった。
「ああそーだよ。でもそいつらダメだ。完全にビビりまくって、もう演奏なんてできっこないないだろ。けどここまで来たし、手ぶらで帰るってのももったいない。ってことでクソガキ。お前の首を持って帰ることにするわ」
女がギターをかき鳴らすと、アンプから発せられた音波が具現化した。それは刃のように鋭くなり、辺りのものを切り裂いた。私の頭上にあった屋台の看板も真っ二つ。もう少しずれていれば、首から先がちょん切れるところだった。あいつはノクターン・ロゼ。私と同じ組織のはずなのに、まるで仲間を殺すことにためらいがない。
私は恵の頭を抑えて、2人で屋台の下にしゃがみこんだ。
「とにかくここから離れよう。あいつ絶対やばいって」
「このままじゃ中庭どころか、学校全部壊れちゃうよ。でもあの男の子が戦ってくれそうじゃない?」
正直言って真堂で勝てるかどうか分からない。油断していたとはいえ、私のスライム攻撃で成すすべもなく醜態を曝しかけたのだから。真堂も所詮は中学生。ヒーローの強さとしては、下のほうなのだろう。
だからここは安全地帯に逃げるのが賢い選択だ。おそらくクロエルあたりが止めに来てくれるはずだ。
「オラオラどうした?そんなもんか、クソガキ!」
戦闘は10分以上続いた。私と恵と他の生徒は、現場から100メートルほど離れた旧校舎への避難を完了させていた。ここから音波の刃も届かない。
戦況は予想通り、真堂の劣勢だった。剣を使って攻撃を凌いではいるが、防戦一方だ。先ほどから真堂は攻撃を繰り出す暇がない。一方で相手の女は、ギターを弾くだけで無制限に攻撃が出来る。真堂も全ての刃を防げているわけではなく、ヒーロースーツの一部が破けて、どくどくと出血していた。
助けにいくべきだろうか。いや、そもそも私はノクターン・ロゼ。参戦するとすれば、むしろ真堂の敵側じゃないか。だがあのロック女も、私を組織の仲間だと認識していない可能性が高い。そうすると、もうどっちの立場で戦えばいいのか分からない。ここは大人しく、戦いの成り行きを見守ることにしよう。




