初めての友達と初めての口論
「か、解釈ぅ…?」
親に怒られた子供のように、ななみが不安げに眉尻を下げた。
「ヒーローが勝ったらダメでしょ。負けないと」
「なに言うてるんよ。正義が勝つのは当たり前やろ?梓さんの読んでる漫画だってそうと違うん。まだヒーローがピンチになってるとこまでしか読んでへんけど、このあと逆転するんやろ?」
ななみが読みかけだった漫画を開き、ヒーローが敵のモンスターに局部を愛撫されているシーンを見せてくる。
「するわけない。ヒーローは完膚なきまでに蹂躙されてる姿が一番映えるの」
「そんなんヒーローちゃうやん!」
「正義が勝つのは少年漫画の世界だけ。むしろヒーローという肩書は、エロを演出するための設定に過ぎないんだよ。正義を背負った少年が、倒すべき相手に手も足も出ずに嬲られる。市民を守るはずの使命を感じながらも、屈辱の底に突き落とされていく。その背徳感が最高。違う?」
インターネットの世界には、ヒロピンという概念がある。ヒロインのピンチの場面に興奮を覚える人々が、思い思いのイラストなどを投稿している。美少女ヒロインや魔法少女が敵に屈する、そのシーンからしか得られない高揚感。勝つことが前提とされているキャラクターが負けるという、いい意味での期待の裏切り。これらが合わさって生み出される興奮に、私は深い理解を示していた。その対象がヒロインから少年ヒーローに変わっただけで、一気にイラストの投稿数は少なくなる。というかほとんどヒットしない。
男女平等が叫ばれる世の中で、なぜヒロインだけが負ける権利を持っているのだ。ヒーローだってボコボコにされて、立ち直れないほどの尊厳破壊をされて然るべきじゃないか。
私はななみにそう力説した。
ななみは怯えた様子で、目に涙を浮かべている。
「分からん。梓さんの言うてること、ひとつも分からん。ウチは敵のエッチな女の子がやられるのが好きなんや。そのためにあんなセクシーな恰好してるんやろ?ヒーローの攻撃で破けてしもうて、見えるか見えへんかくらいになるのがええんやんか」
「悪の組織が何のために存在してると思ってるの。セクシーな恰好をしてるのは、ヒーローの劣情を掻き立てるため。橘さんだって分かってると思ってたよ。巨乳ニットのお姉さんキャラなんて、かわいい少年と最高の組み合わせでしょ。もちろんお姉さんが攻めで!」
「そんなんおかしいわ。ヒーローの攻撃でバインバイン揺れるのが魅力的なんちゃうん。お姉さん系は最初は余裕そうにしてるぶん、追い詰められた時のギャップがええねん。梓さんの話やと、そんな表情も見れへんねんで?」
「その余裕のままに蹂躙される少年っていう構図がいいんでしょうが。所詮大人からすれば、ヒーローといえどただの少年。その現実を分からせるっていうのが良いのであって…」
議論はそれから40分ほど続いた。終わりには2人ともぜえぜえと息が上がっており、どちらかが降参するでもなく、自然と両者は落ち着きを取り戻した。
「なんかごめん。つい熱くなっちゃった。ジュースのおかわり入れてくるね」
幸いリビングまで口論の声は届いていなかったらしく、降りてきた私に母親は一瞥もくれなかった。部屋に戻ってジュースを差し出すと、ななみも穏やかな表情に戻っていた。
「ウチのほうこそごめんなさい。てっきりおんなじ趣味やと思てたから、予想外の展開にちょっとびっくりしてもうて」
「でもさ、橘さんの描いた漫画は素直にいいと思うよ。画力も高いし、話の構成も面白い。ヒーローが勝つっていう展開を除けば、文句のつけようのない出来だよ」
賞賛の言葉をかけられ、ななみは照れ臭そうに笑った。
「そう言ってもらえて嬉しいわ。ウチももっと勉強せなあかんな。世の中には色んな性癖があるんやって、今日で分かったわ」
この日の出来事を境に、私とななみは友達になった。




