解釈の不一致
ななみの鞄の中は教科書でいっぱいだ。大半の生徒はロッカーに置いて帰っているが、彼女の鞄はいつも重たそうだった。てっきり家で勉強するために持ち帰っているのだと考えていた。しかしそれは間違いだと気付く。
「これやねんけど…」
特に分厚い現代文と英語の教科書の間には、ななみ自作の漫画が挟まれていた。見事なカモフラージュだ。
「読んでみてくれへん?誰にも見せたことないし恥ずかしいけど、梓さんやったら分かってくれると思うねん」
表彰状を手渡すかのように、両手で漫画を差し出してくる。私はそれを、同じように両手で受け取った。私たちは中学生。同級生が描いた自作の漫画など、プロの漫画を読みなれた私からすれば見るに堪えないものに違いない。
だがその偏見は、わずか数ページをめくるだけで打ち砕かれた。
ななみの画力は、商業誌に載っている作品と遜色のない、むしろそれ以上と言っていいほどに洗練されたものだった。立体感のあるキャラクターの描き方。細かいところまで書き込まれた背景と合わさると、一コマ一コマが一枚絵のレベルだ。
「どお?やっぱり変かな?」
ななみの不安げな瞳を見つめ返して、私は首を横に大きく振った。
「全然変じゃない。むしろ上手すぎてびっくりしてる」
「ほんま?」
「キャラの描き分けも上手だし、みんな生き生きしてるよ。昔から絵の勉強をしてたとか?」
「完全に独学。最初はめちゃくちゃ下手くそやったよ。でもウチな、描きたいものがあってん。それが、ヒーローの物語」
ななみの漫画も、少年ヒーローを主人公とした物語だった。私の好みのビジュアルとは少し違い、体育会系の少年ではあったが、はつらつとした雰囲気が伝わる筆致には感心するばかりだ。
ヒーローが街の平和を守るために悪と戦うという、王道のストーリー。戦闘描写も単調にならないよう、様々な工夫が施されている。
主な登場人物は主人公の少年とその妹。そしてヒロインの3人だ。彼らと敵対するのは悪の組織。私の目を引いたのは、その組織のメンバーたちだった。
「なんか敵の幹部がさ、みんなセクシー路線なんだね」
一人は小悪魔系の女子で、布面積の極端に小さいビキニと黒いマントといういでたちだ。吸血鬼という設定らしい。2人目の女性はミステリアスな雰囲気を纏った大人な感じ。豊満な胸をこれでもかと主張するニットに身を包んでいる。
私はてっきり、彼女たちがヒーローを蹂躙する物語だと思い込んでいた。しかし読み進めるにつれて、展開は私の予想を裏切ってきた。
逆なのだ。
ヒーローが攻め。悪の組織が受け。圧倒的な力を持ったヒーローの前に、女性たちが成すすべなくあられもない姿を曝していく、勧善懲悪ものだった。
自分の頬が引きつるのを感じる。いや、悪くない。決して悪くは無いのだが、私は少年がもだえ苦しみ、恥辱に塗れる姿が好きなのだ。掲げた正義を踏みにじられ、家畜のように地面を這いずり回り、ついには自ら快楽を求めて陥落する。その様が見たいのだが…。
「どうしてもヒーローものが描きかってん。だって可愛い子がやられるのに一番ええシチュエーションやろ。正当な理由でエロい展開にできるわけやしね。あくまでヒーローは正義のために悪を倒してるだけやから」
私は漫画をぱたん、と閉じた。
「解釈違いだ」




