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秘密の部屋への招待

 友達を自分の部屋に招くのは初めてだった。とても人を呼べる状態ではなかったが、ななみがどうしても来たいというのだから仕方がない

 

 ななみと共に帰宅した私を見て、母親は目を丸くした。驚くのも当然。自分の娘が初めて連れてきた友達が、精巧に作られたフランス人形のごとき美少女なのだから。ななみが方言の混じらない丁寧な言葉で挨拶すると、いつも見せている大人の余裕とやらはすっかり失われたようで、母親はぎこちない挨拶を返した。

 

 2人で2階にある自室へ向かう。脱いだ靴下はベッド脇に放り出されており、壁にかけてあるジャージは、最後にいつ洗濯したか覚えていない。近づくと妙に汗臭い匂いがする。

 

 「ま、汚いところだけど入って」

 

 本当に汚いので謙遜でもなんでもない。散乱した衣服をひとまずクローゼットに押し込もうとしたが、すでに中身は満杯だった。捨てるタイミングを失った段ボールや、幼稚園時代に作った貯金箱などの作品群が、クローゼットを圧迫している。私は諦めて、嫌な臭いを放つそれらの衣類を廊下に放り出した。

 

 「ここが梓さんの部屋かあ。なんていうか、女の子の部屋って感じやねえ」

 

 嫌味にしか聞こえないのは気のせいだろうか。

 

 「橘さんの部屋ってどんな感じなの?」

 

 「それがな、ないねん。ウチの部屋。両親の教育方針で、常に目につくところにウチを置いておきたいみたいなんやわ」

 

 「勉強も食事も、全部家族と一緒の部屋で?」

 

 「うん。リビングでみんな済ませてるよ。寝るのは親とおんなじ寝室で。小さいころは3人川の字で寝とったけど、さすがにもうおおきなったし、今は自分のベッドで寝てる」

 

 幼いころから放任主義だった私の両親とは大違いだ。これだけ可愛い娘なのだから、常に自分たちの目の届くところにいてくれないと不安というわけだろうか。しかしさすがに度を超えている気もする。大体家の中にいて何かに襲われることなどありはしないのに。まさか窓から化け物が入ってくるわけでもあるまいし。

 

 「ほんでほんで、約束のもん見せてよ!」

 

 「あ、うん。ちょっと待ってね」

 

 本棚には参考書の類と、父親から譲ってもらった古い漫画が並んでいる。ただしそれらはカモフラージュだ。その奥には、小遣いとお年玉の全てを費やしたエロ漫画が、およそ30冊並んでいる。

 

 姿を現した私の秘蔵コレクションを前に、ななみは飛びあがった。

 

 「すっご!これ全部読んでええの?」

 

 ななみはよだれでも垂らしそうな勢いだ。

 

 「お茶とお菓子持ってくるから、好きに読んでて。あっ、でもお母さんが来たらすぐに隠せるように、こっそりお願いね」

 

 「はーい!」

 

 ななみは片手で敬礼のポーズをして、ウインクを寄こしてきた。たとえエロ漫画を手に持っていたとしても、美少女はなにをやっても絵になるものだ。 

 

 

 「なにあのかわいい子!あんたが友達を連れてきたの自体初めてで驚いてるのに、それがまさかあんな子だなんて。こう言ったらなんだけど、あんたはキラキラしたタイプの女の子でもないし、愛嬌も全然ないでしょ。よく友達になれたわね。どうやって仲良くなったの?」

  

 ジュースを取りにリビングへ降りてきた私を、母親が質問攻めにして離してくれない。相手にすると長くなりそうだ。適当に返事をしながらコップにジュースを注いでお盆に乗せ、自室へと戻る階段を昇った。まだ背後で母親の声が聞こえるが、無視しておこう。

 

 漫画を読むななみの背中は随分と丸められていた。教室では背筋を伸ばした美しい姿勢で座っているが、あまりに前のめりになりすぎたせいで、すっかり猫背になっている。自分の好きな漫画にそこまで熱中してくれるのは有難いが、ななみが部屋にいることに対してまだ少し現実感を感じられない。

 

 「ジュース置いとくね。それ、面白い?」

 

 「うん最高やわ。この作者さんの描く男の子の表情って、なんでこんないやらしいんやろ」

 

 「責められてる時の目の感じがいいんだよ。光を失って焦点があってないのとか、とろんとしてる描き方が上手いんだよね」

 

 「なんかを手本にして描いてるんかな。でも実際の男の子はこんな顔せえへんよね」

 

 それは2次元だからこその良さというものだ。漫画の世界だからこそ美しく見える表現であって、ここまで露骨な恍惚とした表情は現実ではむしろ滑稽に映るだろう。

 

 漫画を読んでいる時の自分の顔を見たことがないが、おそらく気持ちの悪いオーラ全開に違いない。しかしななみほど顔の造形が整っていれば、多少の気持ち悪さはかき消されるらしい。今にもよだれを垂らしそうで、猫背になって漫画を読んでいる様子でさえも、ななみだから見るに堪えるというものだ。

 

 私は彼女に、最も気になっていることを尋ねた。

 

 「橘さんってさ、もともとエロいの好きだったの?」

 

 「へっ?」

 

 ななみが漫画から顔を上げ、赤面する。

 

 「いや、だから言うたやん。親が健全な漫画しか読ませてくれへんかったから新鮮なんやって」

 

 「その割には随分エッチなものに対する造詣が深いというか。着眼点もさっきから絶妙なんだよね。もともとこういうジャンルに興味がないと説明がつかないと思うんだけど」

 

 ななみは何か言い訳をしようと口を開きかけてやめた。視線を床に落として、観念したように溜息をついた。

 

 「これは誰にも言わんでほしいねんけどな…」

 

 またあの目だ。頼み事をするときは、うるんだ瞳で見上げるのがななみの癖らしい。

 

 「ウチ、漫画描いてんねん。その、ちょっといやらしいやつ…」


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