美少女に関西弁は似合わない
転校生というだけで、しばらくは無条件で注目の的となる。
ななみの場合、その抜群のルックスから、転校生効果に輪をかけてクラスの人気を集めていた。休憩時間は常に周りに人が群がり、ななみを質問攻め。放課後になると、一緒に下校しようという誘いをひっきりなしに受けていた。私のようなタイプとは住む世界が違う。席が隣になったおかげで会話を交わす程度の関係にはなっていたが、ななみと親密になれる気はしないと感じていた。
昼休みになると、男子は運動場へ。女子は各々のグループでまとまって過ごすのが日常と化していた。私はというと、給食を食べ終えると同時に引き出しからエロ漫画を取り出し、次の授業まで自分の世界に没頭する毎日だった。
その日も私は漫画を開き、お気に入りのシーンのページを開いた。敵に追い詰められた少年ヒーローが覚醒し、新たな形態へと変身するシーンだ。西洋の甲冑のような防御力重視の装備が全身を包み、これでどんな攻撃も通じないという安心感を読者に与える。
しかし敵は奥の手を隠していた。魔法の力で強化された拳を叩きつけられ、登場したばかりの新装備があっけなく砕かれる場面が私のお気に入りだった。希望を持たせてからの絶望に叩き落す展開と、鎧を粉砕された少年ヒーローの表情が実にそそる。
ページに折り目が付くほど何度も見返した場面を、昼休みの時間を目いっぱい使って堪能していた時だった。
「なに読んでるの?」
ななみが後ろから覗き込んできた。
「いやっ、違うの、これは、違う!」
もう隠すには遅すぎたし、何も違わない。
「私も漫画とか好き。それってなんて漫画なの?」
「ぜ、絶頂ジャスティス…」
「絶頂ジャスティス…?」
やはり変な空気になってしまった。ななみの右頬がぴくりと引きつっているのを私は見逃さなかった。教室でエロ漫画を読んでいる変態だと思われたくなかったので、急いでページを繰って健全な場面へと飛んだ。幸いななみに見られたページも鎧が粉砕されたシーンであり、本格的な凌辱が始まるのはその次だったので、まだ言い訳が出来る。
「これはその、ヒーローものの漫画で、そんなに有名じゃないんだけど、でも決して変なものではなく…」
頭の整理が追いつかないまま、とりあえず言葉を口に出した。ななみは焦る私の様子が面白かったのか、ぷっと噴き出した。
「それって、面白い?」
正直に言うと、ストーリーはかなり雑な部類だ。私がこの漫画を読んでいるのは、絵柄が好みだったのと、少年ヒーローが完膚なきまでに辱められる過程が好きなだけだった。しかしここは余計なことを言わないほうがいいだろう。
「うん、面白いけど」
それを聞いた瞬間、ななみの目が輝いた。
「じゃあさ、それ貸してくれない?私も読んでみたい!」
「あはは、なにこれ、おもろい!」
私のエロ漫画を読んだななみが無邪気に笑った。
「えっ、関西弁?」
「あっ、方言出ちゃってた?」
しまったという顔になり、ななみが目を伏せた。すでにイントネーションは標準語に戻っている。
「そういえば自己紹介の時に大阪出身って言ってたっけ。もしかして無理して方言抑えてたの?」
「うん。別に大阪が嫌いとかじゃなくて、私のイメージに合わないかなって」
可憐な美少女と関西弁は確かにミスマッチだ。アニメや漫画の見すぎかもしれないが、関西弁を喋る女の子は、とにかく活発で明るいイメージだった。ななみのような、儚さを感じさせる、花みたいな少女には似合わないと思ってしまう。
「でも梓さんと話してるとなんだか楽しくて、素に戻っちゃった。ごめんね、イメージ壊しちゃった?」
「いや、別にそんな事は全然。むしろギャップがあっていいと思う」
「じゃあ、梓さんと喋るときは方言使ってもいいかな?」
子供が親に玩具をねだるように、上目遣い。そんな表情をされたら、どんなお願いでも断れなくなってしまうではないか。
私が頷くと、ななみの笑顔が弾けた。
「やった!ほな改めて、ほんまのウチをよろしく」
差し出された手を握る。ななみの力はこんなに強かっただろうか。それとも素をさらけ出したことによって湧き出たパワーなのかもしれない。
「おもろいなあ、この漫画。ウチが読んでるのと全然違うわ。親が読ませてくれるんは健全なもんばっかりやし、刺激がないねん」
ななみは既に過激な場面まで読み進めており、鎧を砕かれた少年ヒーローが敵に組み伏せられているシーンを凝視していた。数ページ前のヒーローは勝利を確信し、自信に満ち溢れた表情をしていた。しかし土壇場での変身は勝利へのフラグだと決まっているわけではない。それはあくまで少年誌の話だ。身を守るものを失ったヒーローは、目に涙を浮かべながら、懇願する。お願いだから殺さないで、と。
そこからの展開は凄惨さを大いに孕んでいる。少年の柔らかい腹部に打ち込まれる鉄拳。血反吐を吐いて逃れようとするも、がっちり組み伏せられたせいで指先しか動かせない。そうして殴られ続け、戦意を喪失したヒーローは、もはやただのぼろきれのようだ。
敵はヒーローのスーツに手をかけ、一思いに破る。ヒーローのすべてが白日のもとにさらされた。その様子は中継されており、ヒーローからただの無力な少年となった彼の局部を、敵は優しくなでる。力は尽きていても、体は反応する。少年のそれが屹立した場面で、その巻はそこで終了だ。
「いやあ、ええわあ。なにこのドキドキ!梓さん、こんな漫画知ってんのすごいわ。他ももっと見してくれへん?」




