転校生のハードルは高い
橘ななみ。それは小学生時代にできた、たった一人の友人の名前だ。
ななみとの出会いは、4年生の1学期。クラス替えは2年に一度のペースで行われるので、面子は3年生の時と同じで、4年生になって初めての登校日でも新鮮味は無かった。出席番号順に座るように指示され、張り出された座席表で自分の席を探すと、私の席は窓際の列の前から2番目だった。あ行で始まる苗字の人間は、出席番号が高確率で1桁になる。
去年と変わらないクラスメイト。変わらない担任。教室が2階から3階になったが、特に窓からの景色に大きな変化はなかった。
私は3年生の時と同じく、机の引き出しにお気に入りの漫画を忍ばせた。魔物やサキュバスによって美少年ヒーローが蹂躙されるエロ漫画だ。年齢制限が課されているはずだが、本屋の店員の仕事が雑なおかげで難なく購入することが出来た代物だ。さすがに教室で堂々と読むのは憚られるので、表紙にはブックカバーをかけてある。
学校のルールでは、漫画の持ち込みは禁止とされていた。一部の男子生徒は規則を破って週刊の少年誌を持ってきており、あえなく没収されていた。バカめ。そんな分厚いもの、隠し通せるわけがない。
教師もまさか私がルールを犯して、そのうえエロ漫画を読んでいるとは夢にも思うまい。その証拠に、これまで一度も注意されたことが無かった。
「はいみんな席につけ。朝礼を始めるが、その前に一つ。今日からこのクラスに新しい友達が増えます」
転校生がやってくるのは、在校生にとって一大イベントだ。教室がざわざわと騒がしくなる。可愛い子だといいな、と男子から。イケメンじゃないと嫌だと、女子から、残酷な声が上がっていた。
「じゃあ橘さん、入ってきて」
クラスメイトの視線が、1人の少女に集中した。艶のある黒髪を肩まで伸ばし、みんなの注目を集めながらも堂々と教室に入ってきた彼女こそ、橘ななみであった。
「橘ななみ、と申します。出身は大阪府。父親の仕事の都合で引っ越してきました。皆さんと仲良くできれば嬉しいです」
定型文をそのまま使ったような自己紹介ですら、ななみが言うと名スピーチのような響きに聞こえる。それだけ彼女には人を魅了するだけの魅力があった。
私のななみに対する最初の印象は、美少女の一言に尽きる。飾らない雰囲気でありながら、自身に満ち溢れた表情からは、カリスマ性のようなものも感じられた。
「じゃあ橘さんの席はそこ」
担任が示したのは、私の隣の空席だった。このクラスはか行とさ行が極端に少ないせいで、あ行の私の隣がた行の橘になってしまうのだ。
「よろしくお願いします。えっと…」
「宇羅未っていいます」
「下のお名前は?」
「梓ですけど」
「じゃあよろしく。梓さん」
ななみが大きな二重の目を細めて、猫のように笑った。




