2対1は卑怯なのか?
何秒くらい経っただろうか。こちとら死を覚悟したのだから、やるなら一思いにやってほしい。それとも怯える私の姿を見て、生かさず殺さずの状態で楽しもうとでもいうのか。いくらなんでも冷徹では済まされないレベルだ。
待てども待てども斬撃が来ないので、観念して私は目を開けた。視界に入ってきたのは、黒のボンテージの後ろ姿。クロエルだった。
「ダメよ、ヒーローくん。ウチの期待のホープを殺しちゃ。この子は私が育ててるんだから」
クロエルは真堂の放った斬撃から私を守ってくれていた。その切れ味と威力は身をもって体験したばかりだから分かるが、一切の手加減のない相当なものだ。それをクロエルは片手で受け止めている。もしかしてこの人、めちゃくちゃ強いのでは…。
「また僕の邪魔をしにきたの?いい加減にしてくれないかな」
真堂が剣を構えなおしてクロエルを睨みつけた。どうやら初対面ではないらしい。
「クラスメイトの指をぶった切るなんて、あなたも大胆なことするわね。ヒーローのイメージ的にそれ大丈夫なの?そういう残忍なのは私たちの専売特許なんだけど」
10本の指全てを失い、痛みと恐怖に飲まれている私を横目で見て、クロエルが笑いかけてくる。
「梓ちゃん、心配しなくてもいいわ。指なんてすぐ生えてくるから」
「私の指はトカゲのしっぽじゃないんですよ。また生えてくるなんてそんなわけ…」
「まあまあそれよりも」クロエルは私の言葉を遮る。
「このヒーローくん、わりとマジでやる気よ?」
真堂は剣の柄を握りなおして、クロエルとの距離を詰めている。しかしターゲットはクロエルだけでなく、私にも敵意むき出しの視線を送ってきていた。
「2対1は不利よ。それでも戦う気なの」
「どうせそいつはもう動けないだろ?」
そいつ呼ばわりなんてひどい。ほんの数分前までは苗字で呼んでくれていたのに。
「ウチの梓ちゃんはやれるわよ。ね?」
クロエルが私の頭に手を置く。まるで飼い犬みたいな扱いじゃないか。
「でも私、御覧の通り指がないんですけど。全然再生しないし、すっごい痛いし。なんとか気絶しないように耐えるのが限界です」
「あなたの武器は触手だけじゃないわ。夏休みの修行を思い出して。おばあちゃんの荷物を重くしたとき、手も何も使わず念じるだけで魔法が使えたでしょう?」
真堂と偶然一緒になったあの日のことだ。あの頃はまさか、夏休み明けに真堂と敵対しているとは予想だにしなかった。駅のホームで見た彼の横顔。何の見返りもなくおばあさんを助ける清い心意気。全てが過去のものとなって走馬灯のように駆け巡る。
だが今はもう事情が変わったのだ。戦わなければやられる。
「念じるのよ。あなたの強い邪念ならきっとヒーローくんを倒せる」
「念じるってなにを」
「エッチなことを考えるのは得意でしょ。それよそれ。相手を辱めることだけに集中するの」
触手は今は使えない。でもぬるぬる要素は外せない。なにか使えそうなものはないか。私は周囲を見渡し、真堂の背後にあるやたらレトロなおもちゃ屋を発見した。昭和から時が止まっているかのような雰囲気だが、一応営業はしているらしい。
これだ。
私は邪念をおもちゃ屋に注ぎ込んだ。




