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日常のおわり


 触手と私の感覚は繋がっているらしい。ぬるぬると蠢く触手の先端が触れたものは、私自身の触覚として脳に伝わってくる。真堂の腰に巻きついた一本目からは、制服の生地の質感をリアルに感じる。女子の制服とは素材が異なるようで、シャツには9月の残暑で真堂がかいた汗がわずかに染みていた。

 

 触手の先端がズボンのベルトの金具に触れると、ひやりとした冷たさを感じた。触手は金具を外そうとしばらく格闘していたが、私の指先から生まれたばかりで、まだ不器用な様子。すぐに諦め、無理やりズボンの中へと侵入した。

 

 「待って、それはやばいって!」

 

 本来なら真堂のセリフだろうが、叫んだのは私だった。触手越しとはいえ、ズボンの中をまさぐるなど、いくらなんでも一線を超えている。私は必死に触手を引き戻そうと、意識を集中させる。

 

 しかし触手は一本だけではない。真堂の下半身を攻めようとする触手にばかり気を取られていると、彼の口に入っていった2本目が暴走を始めた。細かい突起がついたそれが口の中で右に左にのたうち回るように動き、真堂の頬が突起の形に膨らむ。

 

 「ああもう、2本とも止まれ!触手だからってなんでもしていいわけじゃないから!」

 

 異性の体を同意なくめちゃくちゃに触ったとなれば、強制わいせつ罪など何らかの罪に問われてもおかしくない。よくて条例違反。悪くて少年院。どのみち私が加害者であることは明白だ。触手がやったんですと言い訳しても、到底逃れられる気はしない。

 

 2本目が触手をぴん、と伸ばして棒の形になった。そして喉の奥へと一気に突き刺さる。真堂が苦しそうにえずくが、触手は彼の口を離れようとしない。いっそのこの場から逃げて、何も見なかったことにするのはどうだろう。卑怯な考えが浮かび、一度は踵を返しかけた。しかし触手によって真堂と自分が繋がっていることを思い出し、逃げることもできずに絶望した。

 

 押しても引いても触手は戻らない。今は商店街を適当に荒している残り8本も、そのうち興味の対象を真堂に変えるだろう。そしたらもう収拾のつかない事態となる。

 

 もはや打つ手がなくなり、触手の赴くままにしていると、薄暗い商店街がまばゆい光に包まれた。咄嗟に余っている触手で目を抑える。そして再び目を開けると、先ほどまで真堂に絡みついていた2本が力なく地面に倒れていた。先端から1メートルほど手前の部分に切れ込みが走っており、そこから赤黒い液体がどくどくと溢れている。切られた。そう理解すると同時に、私の腕に激痛が走る。

 

 「ぐあああああぁぁ!」

 

 女子中学生とは思えない野太い悲鳴が自分の口から出てきた。

 

 「まさか宇羅未さん。キミがそちら側だったとはね」

 

 声のするほうへ顔を上げた瞬間、側頭部を思い切り蹴られた。埃っぽい地面を転がり、シャッターに手をついて体勢を立て直す。

 

 目の前に立っていたのは、真堂。いや、あの日見た少年ヒーローだった。


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