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見て見ぬふりは出来ない


「悪いねえ、この年になると腰がどうも痛くて。じゃあ荷物上まで頼めるかい?」


「任せてください。…って、重っ!」

 

 荷物を持ち上げようとした真堂だが、いくら踏ん張って力を入れても微動だにしない。それは当然だ。私のいたずら魔法によって100キロに近い重量になっているのだから、男子中学生の腕力で持ちあがるはずがないのだ。しかし助けを申し出た手前今更無理とも言えず、引くに引けなくった真堂は荷物と格闘を続けている。

 

 「感心な若者もいたものね。でもあれ持ち上げるの絶対無理でしょ」

 

 クロエルは愉快そうに真堂の様子を観察している。

 

 「あ、あの私、手伝ってきます!」

 

 「えっ、なんで?」

 

 つい数秒前、真堂と目が合ってしまったのだ。彼は何も言わなかったが、きっと真堂の中で私はこう思われているだろう。目の前に困っているおばあさんがいるのに、無視を決め込む最低の女だと。

 

 真堂の中で自分の評価が下がるのは嫌だ。実際は問題を引き起こしているのが私自身なので、おばあさんを助けるなんておかしな話ではあるが、考えるよりも先に体が動いていた。私は真堂に駆け寄り、まるでたった今彼の存在に気付いたかのように装う。

 

 「あれ、真堂君?こんなところで会うなんて珍しいね。夏休み楽しんでる?」

 

 意識しないようにしても早口になってしまう。先ほど目があったのは真堂も認識しているはずなので、私のわざとらしい演技は意味のないものかもしれない。

 

 「宇羅未さん、ちょうどよかった。この荷物運ぶの手伝ってくれない?僕1人じゃ重たすぎてさ。こんなこと女の子に頼むの申し訳ないんだけど…」

 

 こちらこそ申し訳ない。荷物を100キロにしたのは私だし。そもそも常識はずれの重量に対して、真堂もおかしいと思わないのだろうか。

 

 結局私と真堂は、荷物を小分けにして階段を4回往復して荷物を運び終えた。おばあさんは何度も頭を下げて感謝してきたが、まさか私が犯人だとは思わないだろう。助けてくれたお礼に、とホームの自販機でジュースを奢ってもらった。腰の悪い高齢者を困らせて、そのうえジュースまでむしり取るとは。私は悪の組織というよりもただの犯罪者ではないか。

 

 奢ってもらったジュースを真堂と2人で飲みながら、彼が乗る電車が来るのを待った。学校の外で2人きりになるのは初めてだ。真堂の私服は白いサマーニット。普段は制服の襟で隠れている首元が覗いており、それを横目でチラチラと盗み見る。視線がバレそうになると、ジュースを呷って誤魔化すというのを繰り返し、真堂の鎖骨を堪能した。夏休みのいい思い出が出来た。

 

 「なんか夏休みに予定とかあるの?」

 

 あわよくば2人で出かける約束でもしようと、さりげなさを装って尋ねた。

 

 「田舎のおじいちゃんの家で過ごすことになってるんだ。夏休みの間はずっとそっちだから、学校の友達とも会えないんだよね。まあ気分転換にはいいかなって」

 

 「あ、そうなんだ。ふーん」

 

 デートに誘う算段だったが、一瞬でプランは崩壊した。それにしても会話が続かない。学校ではもう少し気軽に話せたのだが、プライベートとなるとどうしても緊張してしまう。

 

 そうこうしている間に電車が到着した。

 

 「それじゃまた、2学期に」

 

 「うん、バイバイ」

 

 真堂が端っこの座席に腰を掛けるのを見届けて、私は階段を降りて行った。もう帰ってしまったかと思ったが、クロエルは律儀に待っていてくれたようだ。忙しなく表示の変わる電光掲示板をぼーっと眺めている。

 

 「お待たせしました。すいません、あの子クラスメイトでして」

 

 「お友達だったんだ。いやまあそれはいいんだけどさ。自分で困らせといて自分で助けるって意味分かんないんだけど」

 

 「ごもっともです」

 

 「これじゃ悪の組織としてはまだまだね。結局ヒーローも現れないしさ」

 

 「この後どうします?」

 

 「午後から幹部の会議があるの。今日はもう帰るわ。明日また修行の続きをやりましょう」

 

 そう言うと、クロエルはボンテージからICカードを取り出して改札にタッチした。

 

 「えっ、電車で帰るんですか」

 

 「会議に使うビルがこっから2駅先にあるのよ」

 

 「クロエルさん飛べるんだし、わざわざ電車使わなくても…」

 

 「人通りの多い朝に飛ぶと、人間に見つかりやすいし厄介でしょ。電車が一番なのよ」

 

 通勤ラッシュが終わったとはいえ、まだ人の多い時間だ。ボンテージの女が乗り込んでいるほうがよほど目立つと思うのだが…。

 

 

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