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ものすごく心が痛い

 悪事と言うからにはもっと大そうなものだと思っていたが、現実はそうではないらしい。こんなものただの嫌がらせではないか。不満そうに口を尖らせる私をなだめるように、クロエルがぽんと頭に手を置いてきた。

 

 「つまらなそうな顔しないの。またあのヒーローに会いたいんでしょ?それならまずあなたがやるべきことは、みみっちい悪の所業よ」

 

 「過去2回私が襲われた時は、触手モンスターだったり呪いのクレオパトラだったりしたんですけど」

 

 「ああいうのは上級の魔法よ。魔物を従えるなんて今の梓ちゃんには無理。とにかく目の前の人を困らせることだけ考えなさい」

 

 電車が出発した直後の駅のホームは、通勤ラッシュが終盤に差し掛かった時間帯ということもあり、少し人混みが落ち着いてきた。スーツ姿のサラリーマンたちはみんなエスカレーターを使っており、階段を利用している客はほとんどいない。

 しかしその中で、1人の高齢女性が重そうな荷物を抱えて階段を昇ろうとしていた。両手で大きな袋を持っており、一段目に足を乗せた瞬間にバランスを崩して倒れそうになっている。

 

 駅の階段は30段近くある。あの状態で上まで昇り切るのは体に堪えるだろう。

 

 私は荷物を持ってあげようと思い、女性に近づこうとした。

 

 「ストップ」

 

 クロエルが私の首根っこを捕まえる。

 

 「あなたがするべきことは人助けじゃないでしょう?」

 

 「まさかあのおばあちゃんを困らせろって言うんですか!クロエルさんには道徳心ってものが欠如してる!」

 

 「悪の組織だから当然でしょ。そうだ、ちょうどいいわ。あのおばあちゃんをターゲットにしてみましょう。頭で念じるの。相手を窮地に陥れるイメージをね」

 

 お年寄りには親切にしろと親から教わったし、小学校でも言い聞かされた。その常識をいとも簡単に覆そうとするなんて、ノクターン・ロゼ、なんて恐ろしい。

 

 戸惑いの気持ちと良心の呵責がないわけではなかった。しかし私には少年と相まみえるという使命がある。

 

 「おばあちゃん、ごめんなさい!」

 

 私はふらつきながら階段を昇る高齢女性に向かって人差し指を振った。途端に相手は階段に足を乗せたまま動かなくなる。

 

 「梓ちゃん、一体なにをしたの?」

 

 「荷物の重量を10倍にしたんです。多分今、100キロ近くになってるはずですよ」

 

 「腕折れちゃうわよ」

 

 「クロエルさんがやれって言ったんじゃないですか!」

 

 もちろんひ弱な高齢者の筋肉で100キロ近い荷物が持ちあがるはずもない。うんともすんとも言わなくなった袋を前に、高齢女性は諦めたように溜息をつき、辺りを見回す。駅員に助けを求めるつもりだろうか。

 

 ああ心が痛い。そんな困ったような顔をしないで。年寄が傷ついてるのを見るのが一番しんどいんだから。

 

 「さすがにこんな事ではヒーローは現れないか。じゃあ次のターゲットを探しましょう」

 

 良心など微塵もないクロエルは、既におばあちゃんへの興味を失っている。やっぱり助けにいこうかとあたふたしていると、私の横を素早く誰かが横切った。あの背中、見覚えがある。確かいつも教室で…。

 

 「大丈夫ですか?お荷物上まで運びますよ」

 

 高齢女性に駆け寄って声をかけたのは、真堂だった。


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