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悪事も積もれば山となる

 

 夏休みになると同時に、悪になるための修行が始まった。課題は早めに片づけたいタイプなのだが、クロエルによるレクチャーのスケジュールは過密で、ろくに自分の時間が取れそうにない。

 

 朝6時。アラームをかけずに昼過ぎまで寝ようと思っていたのだが、6時ちょうどにクロエルに叩き起こされた。彼女はいつも勝手に寝室の窓を開けて入ってくる。

 

 「おはよー梓ちゃん。約束してた修行は今日からだっていうのに、なにその寝ぼけた顔」

 

 「夏休みなんですよ。初日くらいゆっくり寝かせてください」

 

 「早起きは三文の徳っていうでしょ。逆に言えば寝坊は大金を捨てるようなもの。惰眠をむさぼるなんてもったいないわ。さあとっとと着替えて!」

 クロエルに連れられて、最寄り駅までの道を歩く。朝の時間でもすでに気温は30度近くまで上がっている。日本の夏はいつからこんなに過ごしにくくなったのだろう。夏の情緒など微塵も感じられず、ただただ不快なだけだ。

 

 隣を歩くクロエルは、いつも通りの真っ黒ボンテージ姿だ。

 

 「それ暑くないんですか」

 

 クロエルは汗1つかいておらず、涼しげな顔だ。

 

 「暑いわよ」

 

 「えっ、魔法の力で体温を調節してるとか、そういうんじゃないんですか?」

 

 「あなたねえ、悪の組織だからってなんでもかんでも出来ると思ってない?私たちは魔法使いじゃないの。能力はあくまでヒーローを倒すためのもの。日常生活における不便さは人間とそう変わらないわよ」

 

 「でもさっきから涼しそうな顔してますけど」

 

 「これも修行したの。汗をかくのを我慢できるようにね。見えないところはもうビショビショよ」

 

 ボンテージの中はさぞかしかぐわしい匂いが充満しているらしい。クロエルがそれを脱いでいる所は生々しくて想像したくないので、私は通勤ラッシュでごった返す駅に目を向けた。

 

 「それで修行って何をするんですか?」

 

 「悪の組織たるもの、まずはヒーローをおびき寄せるための悪事を働く必要があるわ。それはつまり、善良な一般市民を困らせることよ。例えばそうね…。そこに電車に向かって全力ダッシュしてるサラリーマンがいるでしょ?」

 

 ビジネスバッグをアメフトボールのように小脇に抱えて、額に大粒の汗を浮かべながら走る30代くらいの男性がいた。必死の形相から、よほど焦っているように見える。

 

 「この電車を逃すと遅刻確定って感じね」

 

 「私も学校に遅刻しそうになったらあんな感じですよ」

 

 「このままいくと彼はギリギリ電車に間に合うと思うわ」

 

 「良かったじゃないですか」

 

 3番線、ドアが閉まりますというアナウンス。これが流れている時は、まだドアが閉まる直前ということだ。アナウンスを耳にした男性が、間に合ったと安堵の表情を浮かべながら電車に滑りこもうとする。

 

 クロエルが指先を電車のほうへ向けると、ドアがあり得ないスピードでピシャン、と閉じられた。男性は驚いてバランスを崩し、駅のホームに倒れこむ。そして無慈悲にも、電車はガタンゴトンと遠ざかっていった。

 

 「今すごいスピードで扉閉まりましたよ。電車の故障じゃないんですか」

 

 「あれは私の能力よ。遠隔で電車を操作して扉を閉めたの」

 

 「なんでそんなことを…」

 

 「言ったでしょ。一般市民を困らせるのが私たちの仕事。これであのサラリーマンは遅刻確定よ。上司の雷が落ちるでしょうね」

 

 大目玉が確定したサラリーマンは、電光掲示板をうつろな目で見上げている。

 

 「さあ梓ちゃん。あなたもやってみるの。こうやって悪事を積み重ねていくと、いつかヒーローが現れてくれるわ。そしたらお楽しみタイムの始まりよ」


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