契約成立
ノクターン・ロゼ。少年ヒーロー特化型の悪の組織。麗しい美少年を嬲り、痛めつけ、恥辱の海に沈める。まさに私にとって夢のような組織ではないか。自分の手で少年に攻撃を下すことを想像しただけで、喉がカラカラに乾いてくる。
クロエルがベッドに座り込み、パジャマの片腕が溶けた私に迫ってくる。割れた指先から伸びる30センチほどの小さな触手が、私の首元をなぞってきた。ダンゴムシを手の甲に這わせた時のように、たくさんの突起が細かく肌を刺激してくすぐったい。
「服を溶かすなんて超簡単。私たちは悪魔と契約したモンスターなのよ。ヒーローを倒すための能力ならなんでも持ってる」
唇が触れそうな距離にまで顔を近づけてくる。ファーストキスを悪の組織の痴女に奪われてたまるか。
私は顔を逸らして抵抗の意思を示した。しかしクロエルの話にすっかり興味を持ってしまっていた。
「一応聞きます。私がその組織に入った暁には、クロエルさんのような能力を付与してもらえるんですか?」
「これのこと?こんなの序の口よ。ヒーローの体を自在に操る魔法。それにありとあらゆる感覚を10倍にする魔法だってあるわ」
「エロ同人で見たやつ!」
「でも誰にでも使える能力じゃないの。ヒーローを屈服させたいっていう気持ちが強ければ強いほど、魔法の力も強力になるのよ。私たちはヒーローを倒して世界を支配したいっていう願望が原動力だけど、あなたは違うでしょ?」
世界の支配などどうでもいい。私の望みはただ一つ。
「美少年を好き放題したいです!」
「その気持ちがあれば、きっと最強クラスの幹部になれるわ。どう、契約してみない?」
クロエルが指をパチンと鳴らすと、触手が指の中に引っ込み、代わりに空中から羽ペンが現れた。
「これが契約書ね」ボンテージの胸元から、A4サイズの紙が取り出される。クロエルは雑な性格らしく、紙の折り目は無茶苦茶なところで付けられていた。A型の人間が見れば発狂しかねない。
「ここにサインすればいいんですね?」
「一度契約したら、いかなる理由があっても取り消しが不可能。それを理解した上でサインすることね」
「普通こういう契約書って注意事項とか重要事項がいっぱい書いてありますよね。これ中身スカスカなんですが」
署名欄の他に書いてある文章はたった一文。
『私は悪魔と契約し、ヒーローを絶望の底に叩き落します』
「契約なんてそれで十分よ。もちろんクーリングオフはなしだからね」
このままサインしてもいいのだろうか。大体悪魔と契約って何だ。こちとら中学生だ。勉強や学校行事など、これから色んな事が待ち受けている。うかうかしているとあっという間に高校受験となり、あれよあれよと人生は進んでいく。周りが青春を謳歌している間に、自分だけ私欲に塗れた活動に精を出していいのだろうか。
「なーにをブツブツと言ってるのよ。悩むことなんてないでしょ?」
「いやでも学校が…」
「別に学校生活に支障はないわ。私たちは悪魔だけど鬼じゃない。人様の青春を破壊するつもりはないわ。ただヒーローが現れたときに仕事をしてくれたらいいだけ」
案外ノクターン・ロゼはいい組織なのかもしれない。中学生の学生生活を考慮してくれているのはポイントが高い。
「えっと、じゃあ契約します」
「いい判断だ!」
クロエルが目を細めて拍手する。ボンテージを着ている割には、どこか幼い少女のような雰囲気を残す女性だ。
羽ペンの先をインクに浸し、中身スカスカの契約書にサインをした。




