もっと打て
バチン、と乾いた音が呪いの館の中に響き渡る。それは鞭が床を打った音ではない。少年の太ももを打った音だ。
「…ぅあっ!」
鞭が当たった部分のヒーロースーツの繊維が裂け、中から覗く柔肌が赤くなっている。少年は腰から下への集中的な攻撃を防ぐため、体を丸めて赤ん坊のような姿勢になった。
「どうするの、そのままじゃやられる一方だよ。いや私的には全然いいんだけどね!」
カメラを構えてクレオパトラと少年の周りをくるくると回る。
「それって悪役のセリフじゃない?梓はいつからそっち側に…」
スマホを奪われて手持無沙汰の恵は、私の奇行に呆れた様子で冷めた目を向けている。恵には分からないらしい。美少年ヒーローが敵に形勢逆転され、無様に攻撃にうずくまるこの様がいかに素晴らしいかを。これが教室なら、休み時間を目いっぱい使って熱弁したところだが、今はそれどころではない。
クレオパトラの高笑いが響く。私も笑った。なんならクレオパトラに負けないくらいに。
「えっ、怖い。なんで笑ってんの」
恵は私から一歩一歩距離を取っている。構うものか。その目に焼きつけるがいい。これがお前が友人に選んだ女の本性だ。
少年がわずかな隙を突いて立ち上がった。しかし鞭うちを受け続けた足は力が入らず、壁に手をついて体制を崩してしまった。ちょうどこちらへ背を向ける形になる。そこへクレオパトラの鞭が、少年の臀部をめがけて一閃。
「ああぁっ!」
少年は臀部への衝撃に体を震わせ、再び地面にくずおれた。
「神様って、本当にいるんだね…」
私は組み合わせた両手を天に掲げ、涙を流した。あの日テレビで見た光景が、まさに今目の前に広がっている。この日のために13年の時を生きてきたのかもしれない。これが幸せの絶頂。もう明日死んでもいい。
「どこに泣く要素があったの?ねえ梓ってば、変だよ。せめて泣くなら理由を教えて」
「尊い。ただひたすらに尊い。それが理由じゃ不十分?」
「不十分すぎるよ!」
痛みと恥辱にまみれた少年。愉悦に浸る私とクレオパトラ。そして1人困惑している恵。狭い呪いの館の中は、様々な感情で満たされていた。




