ななみキャット
一歩、また一歩とアルシアに迫っていく2人。前門の魔法少女、後門のヒーロー。もう逃げ場などない。
「観念して降参したらどうや」
「ついさっき、虫が怖くて泣きながら降参したのは、どこの誰でしたっけ?」
この状況でまだ挑発する余裕があるとは驚きだ。ななみはけん制の意味を込めて、アルシアの足元の床を魔法で焼いた。
「ぎゃあ!こっ、殺す気ですか⁉」
「なにを当たり前のこと聞いてんのよ。殺す気に決まってるやんか。あんたやってウチを殺そうとしてたやろ」
真堂の助けがなければ、巨大カマキリに頭を食いちぎられていたところだ。こちらが本気で殺しにかかっても、文句を言われる筋合いはない。これは正当な報復である。
「真堂君は手を出さんといてや。こいつはウチがトドメさすから」
「気を付けなよ。まだ何か能力を隠してるかもしれない」
「ようは絵を描かせへんかったらええんやろ。こいつの能力を封じるんは簡単や。もうネタは上がってる」
ななみとアルシアの距離は、ついに1メートルほどまで近づいた。この距離なら、魔法を使うよりも顔面を蹴ったほうが深刻なダメージを与えられる気がするが、そこは魔法少女としての体面を保つとしよう。
「なんか言い残すことは?」
ステッキの先端に光が集まる。一点集中の攻撃を放つための準備だ。もう引き金に指はかかっている。あとはその指を引くだけという状態である。
アルシアは最後まで憎まれ口を叩くのだろうか。それとも…。
「す、すいませんでしたぁ!許してください、許してください!」
突如地面に額をこすりつけての土下座。まさかの命乞いだ。悪の組織を騙るノクターンロゼが、聞いて呆れる。トレードマークの丸眼鏡は土下座の勢いで外れてしまっていた。
「謝ったってあかんよ。ウチがさっき降参した時、あんたなにした?殺そうとしたやろ」
「その節はまことに申し訳ございませんでした!」
ステッキの光が増幅する。
「なんで殺意高まってるんですか⁉こんなに謝ってるというのに!」
「ごめんで済んだら警察はいらんねん」
「ひぃぃ!」
アルシアはさらに体を折って丸くなった。全体的に楕円のようなシルエットになっている。体の下に隠しこまれた頭と両手は、もうななみからは見えない。土下座にしてはおかしな体勢だ。まるで、体の下に何かを隠しているような、そんな恰好である。
アルシアの肩が小刻みに動く。体の下で手を動かしている?一体なにを…。
「ふっふっふっ…、慢心はよくないですよ。私がタダで頭を下げると思いましたか!はーい、新作完成でーす!」
顔を上げたアルシアは、喜色満面の笑みを浮かべていた。彼女は命乞いのために土下座をしていたのではなかった。体でスケッチブックを隠し、発射寸前の魔法を突き付けられた状態で、なんと絵を描いていたのだ。
「私がなんの絵を描いたと思いますか?ヒントは、今私たちがいるコーナー。ここってどんな本が置いてありますかねえ?」
動物の写真集や飼育の手引き。ペット系インフルエンサーが出版している本など、このコーナーに置かれている本は、すべて動物関連だ。カマキリに続き、今度は巨大な犬でも出現させるつもりか。そうだとしても、相手が虫で無いなら対処はできる。魔法で吹き飛ばせばいいだけだ。真堂も相手の後ろに控えているので、2対1。圧倒的にこちらが有利である。
「正解は、こちらです!」
アルシアがスケッチブックを掲げた。そこに描かれているのは、ななみと真堂の姿。先ほどのように、猿ぐつわを付けられている様子はない。しかし実物の2人には無いものが、絵の中の2人には付け加えられていた。
猫耳と猫のしっぽ、そして首輪だ。
「猫ちゃんの写真見て思いついたんですよ。お二人ともかわいい顔してますし、猫コスプレ絶対似合うって」
アルシアの能力が発動し、ななみと真堂はイラスト通りの格好にさせられた。猫耳はカチューシャではなく、本当に頭から生えている。脳みそと繋がっているらしく、ななみの動揺に呼応してピコピコと動いた。腰の下あたりからはしっぽが、これまた体から直接生えていた。引き抜こうとしても、皮膚が引っ張られて痛いだけだ。首輪には鈴がついており、ご丁寧にネームプレートまで提げられていた。たちばな、とひらがなで書かれている。
真堂もまったく同じ恰好だ。中世的な顔立ちをしているので、猫の恰好は似合っているが、この場においてそれは何の褒め言葉にもならない。
「あっはは!2人とも可愛いですねえ。2人、いや2匹って呼んだほうがいいですか?」
アルシアは落ちた眼鏡を拾い上げて、耳障りな声で笑った。




