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戦士のデート

 

 失ったものはそう簡単には取り戻せない。現実が甘くないことは、13年余りの人生でななみも学んでいた。それでもななみには取り戻したい、と強く願うものがある。

 

 女としての尊厳だ。

 

 クロエルによる拷問の前に、苦しむどころか善がっていたあの時の自分は、これまで演じてきた才色兼備の美少女像とはかけ離れたものだった。あの場にいた2人以外に見られてはいないが、クロエルはスマホで写真を撮影していたので、拡散される可能性も考えられる。ネットの海は広い。一度広まれば終わりだ。

 

 「あんなん、ほんまのウチやない。あの時は色々あって、ちょっとおかしなってただけ。うん、絶対そうや。なんかの間違い。間違いゆーたら間違い!」

 

 女として、どころか人間としての尊厳すら保てているか怪しいが、とにかくあの日の出来事をなかったことにしたい。嫌な記憶は忘れてしまえばいい。覚えていないということは、つまり自分の中に存在しなかったことと同じ。今のななみに大事なのはリフレッシュだ。自分の中の女を磨き、みんなから羨望のまなざしを向けられる完璧美少女に返り咲かなくてはいけない。人間というのは現金なものだ。誉めそやされれればうっとうしく感じて一人になりたいと言い、ひとたび自信を失えば、また周囲からチヤホヤされたいと感じる。

 

 女性としての魅力を上げるには、異性とのデートが手っ取り早い。ななみが一声かければ、学校中の男子生徒がデート相手に立候補するだろう。中には眉目秀麗な男子もいたが、どうにもデート相手に誘う気にはなれない。それは自分が悪と戦う魔法少女という特殊な存在なのも関係している。一般人とは価値観が合わないという考えが根底にあった。

 

 同じ境遇の男子といえば、一人しかいない。

 

 ななみは真堂に電話をかけた。

 

 「今からウチとデートや。はよ準備して」

 

 

 「休日に呼び出してなんのつもり?」

 

 一方的に約束を取り付けたにも関わらず、真堂は指定した時間に来てくれた。服装はいつも通りで特に気合を入れているわけではなさそうだ。デートという単語を聞き逃したのだろうか。対するななみは自分からデートを提案した手前、いくら相手に恋愛感情などひとかけらも抱いていないにしても、相応のオシャレをしてくるのが礼儀だろうと思っていた。それに今回のデートの目的は、失われた女としての尊厳を取り戻すことなのだから、オシャレも思い切りしないといけない。地味な恰好で臨んでも、ドキドキ感もときめきも感じるはずがない。

 

 「ショッピングに付き合って。買いたいコスメがあんねん」

 

 「なんで僕なんだよ。学校も違うし、そもそも友達でもないだろ。僕らは単に、ソルガムナイツに所属してる同僚ってだけ」

 

 「冷たいこと言わんでよ。もし買い物中に戦わなあかんことになったらどうするん。なんも知らん男の子の前で変身するんか?嫌やそんなん。あと真堂君は知らんと思うけど、ウチなあ、今結構ナーバスやねん。だから優しく、ジェントルマンとして扱ってもらうで」

 

 真堂は露骨に嫌そうな顔をしたが、それ以上なにも言わずに先を歩きだした。なぜナーバスなのか理由を聞かないのは、単に興味がないからだろう。

 

 試供品のハンドクリームの、香りの異なる2種類をそれぞれ右手と左手につけて、真堂に差し出す。

 

 「どっちの匂いのほうがええと思う?」

 

 「混ざって分かんない。片方ずつ付けてくれないと」

 

 「まーええわ。どうせ真堂には違いも分からんやろうから」

 

 こうしていると、まるで普通のデートのようだ。周りから見れば、とんでもない美少女が、同じく見た目は良いが表情に乏しい少年を連れているように見えるだろう。

 

 真堂相手には気を使わなくていいので、好き勝手連れまわすのは案外楽しかった。友達同士だと妙に気疲れしてしまうが、今日の相手は何を言ってもろくなリアクションを返してこない。そっちのほうが、ななみにとって自由に振舞える。意外と2人の相性はいいのかもしれない。

 

 「本屋あるやん。寄っていこや」

 

 健全な本しか置いてない店なのは分かっている。ななみだって成人漫画ばかり読んでいるわけではなく、たまには文学作品や話題の小説にも手を出す。ちょうど平積みされている、ハードカバーの小説を手に取った。ジャンルはサスペンス風の学園ものらしい。本屋大賞受賞と書いてある。

 

 面白そうなので買おうかとレジに向かう途中、漫画のコーナーを通った。アニメ化されて大ヒット放送中の作品が、一番目立つ場所に並べられている。今日が新刊の発売日らしく、多くの客が漫画を手に取っていた。

 

 その中に、丸眼鏡で三つ編みという、よく言えば文学少女風。悪く言えばクラスで目立たないカースト最下層みたいな見た目の少女がいた。自分のクラスにはこういうタイプがいないな、と何気なく考えながら後ろを通り過ぎる。

 

 「はああ…!やっと新刊が出ましたか。どんだけこの時を待ったか!今朝からずっとネット絶ちをしていた甲斐あって、ネタバレを踏まずに来れましたよ。まったくSNSってやつは恐ろしい。いつどこで誰が急なネタバレをぶっこんでくるか分かったもんじゃありません」

 

 一人でブツブツと言いながら、漫画を大事そうに胸に抱える少女。年はななみと同じくらいだ。彼女がこちらを向いた瞬間、視線がかち合った。

 

 「あっ、ああああー!」と大声を出して叫ぶ眼鏡の少女。

 

 「間違いでしたらごめんなさい。橘さん、ですよね?」

 

 「えっ、そうですけど。どちら様ですか?」

 

 ななみのファンを自称する生徒はこれまで会ってきたが、彼女もその一人だろうか。

 

 「申し遅れました。私、アルシアと申します!所属はノクターンロゼです!」

 

 アルシアは前歯をむき出して笑った。その表情からは、自然な笑顔を作り慣れていない印象を受けた。

 

 「見せてもらいましたよ、クロエルさんから。例の写真!いやー、すごかったです。美しい女の子がブッサイクな面を晒す瞬間ほど画になるシーンってないですから」

 

 間違いなく、ななみが家畜のように汗と涙と涎にまみれている写真のことだ。面と向かって不細工と言われたのは初めてで、眉がぴくりと吊り上がった。人の容姿を貶すつもりはないが、少なくともアルシアとななみを比べて、アルシアのほうが美人と言う人間はいないだろう。

 

 「なんなん…。自分失礼やで」

 

 「す、すいません。つい本人に会ってテンション上がっちゃって。私ってこの見た目通り、陰キャでコミュ障なんで…。コミュ障って初対面だとガンガン喋れるんですけど、相手のことより自分のことばっかりって感じなんで、2回目以降会話が弾まないんですよね…」

 

 自己分析だけは見事だ。分かっているなら直してもらいたいものだが。

 

 「それでウチになんの用なん?」

 

 「用っていうほど大そうなものじゃないんですけどね」

 

 アルシアがわざとらしく丸眼鏡のフレームを指で摘まみ、くいくいと上下に動かす。

 

 「橘さん、あなたを倒します!魔法少女のエネルギーを吸い取るために!」

 

 アルシアの周りの本棚が倒れ、店内の客が散り散りに逃げていく。あくまで一般人は戦いに巻き込まないということか。悪の組織にしては、ずいぶんと配慮が行き届いたものである。

 

 「なんか自分、威勢ええなあ。おもろいわ、かかってきい」

 

 ななみはステッキを振り、魔法少女に変身した。

 

 美少女は根暗に負けない。それが世界の理だと信じて。

 

 


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