表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
109/118

美少女だったもの

 

 梓の言っている意味が分からなかった。ななみは今、拷問に近い扱いを受けている。手足からは出血し、殴打された顔面は痛みでヒリヒリとしていた。おまけにドラムスティックで尻を打擲されるという、痛みと屈辱の両方を一気に味あわされる最悪のシチュエーションだ。それなのに梓は聞いてきた。気持ちがいいのか、と。

 

 「な…なにを言うてんのよ。ウチはそんな変態とちが…」

 

 「まだ口がきけるほど元気なのね。ほんとよく喋る魔法少女!」

 

 ドラムスティックの先端が、的確に同じ個所を狙って振り下ろされた。

 

 「うぅっ…!」

 

 せめて違う場所を狙ってくれれば痛みを分散できたのだが、クロエルがそれを許すはずもない。ななみの尻は、一部分だけが分かりやすく赤くなっていた。

 

 クロエルからの執拗な攻撃は続いた。叩かれるのも、もう何度目か分からない。

 

 母親に甘える子供のように、梓に体を預ける体勢のななみ。痛みを少しでも和らげようと、梓の腕をぎゅっと掴んだ。これまではまるで本当に赤ん坊のようだが、全身の力が抜けて逃げることも出来ないので、せめてこうするほかない。

 

 「そろそろ限界かしらね?」

 

 艶のあるななみの黒髪を乱暴に掴み、顔を無理やり上げさせるクロエル。頭皮が引っ張られた痛みに、思わず悲鳴が出た。髪の手入れには毎日気を遣ってきたのだ。あまり雑な扱いはしないでほしい。

 

 「うわちょっと…、マジでひどい顔になってるじゃない」

 

 家の中に出たゴキブリを見るみたいな、クロエルの蔑んだ視線。そんな目で見られるのは、ななみの人生において初めての出来事だった。容姿を悪く言われたことなど一度も無く、可愛いとか美人とかの言葉に囲まれて育ってきた。


 クロエルが掴んでいた髪の毛を離し、再び梓の胸に顔を埋める形になった。

 

 「橘さん、よだれが…」

 

 「へ…?」

 

 梓の着ているニットに、500円玉サイズの染みが出来ている。彼女の服を濡らしたのが、自分の口から流れ出た涎であると気づいたのは、梓に指摘されてからだった。空腹でもないのに涎が止まらないのは、クロエルに責められている間ずっと、だらしなく口を開けていたことを意味していた。痛みに耐えようとする時、普通は歯を食いしばる。必然的に口は閉じられているはずだ。しかしななみの口は、力なく開いていた。

 

 「ほら写真撮ってあげたわよ。自分の顔がどんなことになってるか見てみな」

 

 クロエルがスマホ画面を向けてきた。そこに映っている写真の中の人物が自分であると、ななみは一瞬認識できなかった。

 

 紅潮した頬に、力なく開いた口。収まるべき場所を見失ったように、舌はだらりと垂れている。口の端から止めどなく溢れる唾液の洪水。そこに汗と涙も混じり、顔全体からあらゆる水分が分泌されていた。目は焦点が定まっておらず、どこか遠くを見ているようだ。 

 

 これが自分。美少女と誉めそやされて育ってきた、橘ななみの姿。まるで家畜ではないか。一切の愛情を排して育てられ、人間の胃袋に収まるためだけに生まれてきた家畜。エサを求めて涎を垂らし、下品に与えられたものをかっ食らう。昔にテレビで見たそんな哀れな動物と、今の自分がぴったりと重なった。

 

 「顔面ぐちゃぐちゃじゃない、汚いわね!」

 

 赤くなった皮膚が破れ、血が滲みだした箇所へ容赦なく襲い来るドラムスティック。

 

 「はっ…あぁ…」

 

 痛い。痛いはずなのに、全身をぽかぽかとした暖かさが包んでいく。

 

 梓のニットは涎でぐっしょりと濡れ、もう変色してしまっている。

 

 「そろそろフィニッシュといきましょうか」

 

 クロエルは指先から触手を出現させ、鞭のようにしならせて地面を打つ。乾いた鋭い音が、ライブハウスの中に反響した。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ