目覚めの音
クロエルがヒールのつま先でななみの尻を小突く。四つん這いのまま動けないのをいいことに、やりたい放題だ。痛めつけるのが目的ではなく、抵抗できないななみに屈辱感を与えるためだけの行動。余計にたちが悪い。
「やめろ…!こんなんして、ええ大人が恥ずかしないんか!」
「いいえ全く?勝ちの喜びを噛みしめてるんだから、黙っててくれるかしら」
クロエルはななみのスカートの裾に引っかけ、足を振り上げた。
「あっ…ちょっと!」
魔法少女の衣装の素材はふわふわとしており、そこまで重量感はない。そよ風程度でも結構はためいてしまうので、下着が見えるリスクが高い。公衆の面前で下着を晒すような変態的趣味はななみにはないので、下着の上にはスパッツを履いている。だが今の状況は、スパッツがどうかとかいう問題ではない。
「なーんだ、さすがに対策はしてるわよね。でもねえ、魔法少女。恥ずかしいでしょう?この前散々私を痛めつけてドSキャラ全開だったくせに、こうして跪いてスカート捲られてるんだから」
反論の余地がない。まさにクロエルが勝ち誇った顔で言う通り、下着が見える見えないの話ではなく、敵に屈服させられてスカートを捲られているという状況が屈辱的なのだ。隠そうにも両腕は地面に根を張ったように動かないし、足にも力が入らない。梓を守るために分泌したアドレナリンが枯れてしまい、反動で全身が麻痺しているようだ。
ななみは四つん這いのまま、梓に覆いかぶさる体勢になっており、下にいる梓も指からの出血多量のショックが今更来たのか、苦しそうに呻いている。
「せっかくライブハウスに来たんだから、楽器を使わないと損よね。シンバルはもう使っちゃったし、ギターはベノムが壊しちゃったから…。うん、これね」
クロエルが選んだのは、ドラムスティックだった。
「ちょうどここに、いい音がしそうな尻があるじゃない!」
ドラムスティックがななみの尻を打った。
「ひんっ!」
市販の、しかも安物のスパッツにそこまでの防御力は期待してなかったが、ほとんどダメージの軽減に役立っていない。素肌を直接鞭で打たれたような痛みだ。
「あっはは!なにその声、なっさけない。それにしてもいい音ね。若いだけあって肌の弾力性が違うわ。叩き甲斐があるってもんよ」
器用にステッキを指先で回して、再びの打擲。
「うぎっ!」
ドラムスティックは木製だったはずだが、木で叩かれるのはこんなにも痛いものかと、文字通り痛感した。まるで刃物で切られているような鋭さだ。なんとか最後の粘りで踏ん張っていた足から力が抜けて、尻を突き上げた姿勢になった。頭の位置が下がり、梓の胸に顔をうずめるような形になる。
「うさぎみたいな小動物は、撫ででほしい時にこんなポーズをするのよ。頭、撫でであげようか?」
頭上から振ってくるクロエルの声には、勝利に酔いしれる甘美な響きがあった。大人が中学生を足蹴にして悦に浸るなど、魔法少女とモンスターとの戦いという前提がなければ、どう見ても犯罪。危なすぎる光景だ。その前提を抜きにしても、クロエルの大人げなさには変わりがないのだが。
「う、うるさいわ。誰があんたなんかに撫でられるかぁ!」
「当然じゃない。お願いされても撫でてあげないわよ。こんな可愛げのない子はね!」
ドラムスティックがしなり、尻を打つ。
「ああうっ…!」
「も、もうやめましょうよ。橘さんの顔、顔見てください。やばいですって!」
顔がやばいとはどういうことだ。鏡がないので自分の顔を見ることが出来ないが、仮にも容姿端麗の美少女と言われ続けてきたななみだ。悪い意味でやばいということはないだろうが…。
「あーら、ほんと。えげつない顔してるわ」
やばいの次はえげつないときた。一体自分は今、どんな表情をしているのだ。
「あの時の男の子と、一緒…」
全体重を自分の体に預けてぐったりしているななみを見つめて、ぽつりと梓が言った。
「そうね、ほんと情けない顔。梓ちゃんも分かるでしょ。人間がこういう顔をするときは、どういう時かって」
「えっとつまり、そういうことですよね」
梓がななみの顔を両手で優しく持ち上げた。
「もしかしてだけど、今…、気持ちいいの?」




