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人生初の大ピンチ

 

 視界が上下逆さまになっている。クロエルのアッパーを食らって一瞬意識が飛んでいた間に、自分の身に何が起きたのか。ななみは理解するのに数秒の時間を要した。 

 

 「いいざまね、魔法少女」

 

 クロエルに足首を掴まれて、宙づりにされている。どうりで天井が下に、地面が上に見えるわけだ。クロエルがこちらを見下す目には、愉悦の光がらんらんと輝いている。普通に見下されるよりも、宙づり状態なせいで、余計に下に見られている感じがする。

 

 「まるで水揚げされたマグロみたい。さーて、どう料理してやろうかしら」

 

 「自炊なんかしたこともなさそうな見た目して、なにが料理や。どうせ卵焼きも作れへんやろ」

 

 「よくこの状況で憎まれ口を叩けるわね。その根性だけは認めてあげる。っていうか、卵焼きくらい作れるわよ!」

 

 料理が出来ないというのは図星だったらしく、クロエルは怒りに任せてななみを壁に放り投げた。せめて背中から壁に激突すれば、当たる面積も広いのでダメージは軽減できたが、砲丸投げみたいな要領で投げられたものだから、見事に頭から壁にぶつかってしまった。頭が割れて脳漿が飛び散らなかったのが不幸中の幸いだ。

 

 「…ぁ…が…」

 

 意識が朦朧とする。こちらへゆっくりと近づいてくるクロエルの姿が、ぐらぐら揺れる視界の中でなんとか捉えられているが、逃げようにも逃げられない。ステッキさえあれば、反撃の余地はある。どこだ、どこに落とした。

 

 頭から流れてきた血が片目に入ってきたので、もう片方の目だけを開けて、はいつくばってステッキを探す。

 

 「探し物はこれかしら?」

 

 クロエルがステッキを拾い上げ、ななみの顔の前に持ってきた。

 

 「返してほしい?そうよね、これがないと戦えないもんね。今のあんたは魔法少女じゃない。ただのコスプレした痛い中学生よ」

 

 「か、返せ、それはウチのや…」

 

 ななみが伸ばした手を、クロエルが叩く。

 

 「あははっ、返すわけないじゃない!しかしこんな安っぽいステッキから、よくもまああんな殺人的な魔法が出るものね。これって私でも使えるのかしら」

 

 クロエルはななみに向けてステッキを振ったが、何も起こらない。ななみは選ばれた魔法少女であり、魔法を使う資格は他の者にはないと、宮木が説明していたことを思い出す。誰でも使えるアイテムじゃなくて、本当に助かった。もしも魔法の使用権が、使用者の資質ではなくアイテムに依るものであれば、今頃ななみの頭は吹き飛んでいただろう。前回の戦闘の時、ななみがクロエルの頭部を、どうせまた生えてくるから、という理由で消し飛ばそうとしたように。

 

 「なんだつまんない。じゃあいらないわね、こんなオモチャ」

 

 クロエルはステッキを床に落として、ななみに見せつけるようにして踏んだ。ステッキはいとも簡単に、パキンという音とともに折れてしまった。折ろうとしたことなど一度も無かったが、まさかここまで脆いとは。威力が殺人的なだけで、耐久性は本当にオモチャではないか。

 

 クロエルがかぎ爪を出して、ななみの顎に当て、無理やり上を向かされる形になった。血がまた目に流れ込んでくる。あとで目薬をたっぷり使って洗わないと。

 

 爪が喉に食い込み、ぷつりと小さな穴が開いた。このまま喉を引き裂かれるのか、と覚悟した時、ステージのほうで「ロックンロール!」とベノムが騒ぎ出した。

 

 「いいところなんだから邪魔しないでよ。梓ちゃん、あいつ止めといてくれない?」

 

 「私が⁉」

 

 「念力とか触手とか使えるでしょ。あいつ所詮ゾンビだから、そこまで強くないわよ。今日ライブハウスを決戦場所に選んだのだって、あいつの復活を見せつけて魔法少女にけん制するためだったし、目的は果たしたわ」

 

 「どちらかというと、私が止めたいのは二人の戦いのほうなんですけど。もう勝負はついてるんですし、ここまでということで」

 

 梓はそれとなく暴走を止めようとしているが、クロエルはまるで聞く耳を持たない。

 

 「ロックンロール!」

 

 ベノムがギターをかき鳴らすと、音波が刃の形をもって周囲を切り刻んだ。座席の脚は折れ、壁に貼られたポスターはビリビリに破かれた。ゾンビ化して理性を失っているベノムにとって敵も味方も関係ないらしく、その攻撃はクロエルにも及んでいた。クロエルは翼を広げて盾を作っており、その奥にいたななみも、クロエルの翼に守られる形になっていた。本人にななみをかばう意思は無かっただろうが、とにかく助かった。今の手負いの状態では、あの音波を避けることが出来なかっただろう。あの時に戦利品としてななみがもぎ取った翼も、すっかり元通り生えそろっている。

 

 しかし攻撃を避けられなかった者もいた。

 

 「まただよ、もー!」

 

 梓の右手の人差し指と中指が、今の音波で切り落とされてしまったようだ。また、という彼女の言葉の意味がしばらく分からなかったが、商店街での戦いの時、そういえば真堂に剣でごっそり切り落とされていた事を思い出した。咄嗟に手で防御したのが仇になったのだろう。梓も念力などが使えるのだから、もう少しうまく立ち回れたように思えるが、ベノムの発する音波が速かったせいで対応が間に合わなかったらしい。

 

 痛いというよりも、せっかく生えた指を再度失ったことに腹を立てている様子だ。案外たくましい。

 

 「ほら言わんこっちゃない。早めに抑えとけばこんなことにならなかったのに」

 

 呆れたようにため息を吐くクロエル。そこに一瞬の隙が生まれた。

 

 ななみは朦朧とする意識を無理やり奮い立たせ、渾身の力を込めて頭突きを食らわした。

 

 「ぎゃっ!ちょ、前歯折れたんだけど!」

 

 クロエルの前歯が一本、根本から折れて、奥には赤い舌が覗いて見えた。

 

 

 

 


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