リベンジマッチ開幕
本気で魔法を放てば、ライブハウスは跡形もなく吹き飛ぶだろう。中学生のななみが弁償できるはずもなく、運営会社から損害賠償請求をされたらと思うと、ぞっとする。まあそのあたりはソルガムナイツがうまいことやってくれるだろう。ななみ本人が弁済の義務を負うことにはなるまい。
派手にライブハウスごと爆発させる方法も考えてはみたが、そうした場合、被害は周辺の施設にも及ぶ。店内の客もスタッフもいつの間にかいなくなっていたので、この店が吹き飛ぶのは問題ない。しかし周りには無関係の人がたくさんいるだろうし、いくら正義のためとはいえ、人的被害を無駄に出すことは避けたい。
とすると、薄暗く狭い店内で、2人を相手にして戦わないといけない。前回の戦闘は、広いコンビニの駐車場だったので自由がきいたが、今回はそうもいかないらしい。
復讐の炎を目に宿したクロエルが、ドラムのクラッシュシンバルを乱暴に取り外し、フリスビーのように投げてきた。
「あぶなっ!」
すんでのところで躱したが、胴体に当たっていれば、上半身と下半身が真っ二つに切断されていたくらいの威力だ。まるで容赦がない。よほどこの前の事を根に持っているのだろう。シンバルは店内の照明を割り、壁に突き刺さっている。
「子供相手にえらい本気やなあ。大人げないで…」
悪態の一つでもついてやろうと視線をクロエルに戻した時、ななみの視界に再びシンバルが飛び込んできた。
「えっ?」
油断していた。今度は躱しきることが出来ず、左腕をシンバルが掠めていった。
「う、いったぁ…」
「なーにぼさっとしてんのよ。もしかしてドラム叩いたことない?シンバルは一枚じゃないのよ」
ドラムには触れたことすらない。仲間とバンドをするなんていう、いかにも青春っぽい学校生活を夢見たこともあったが、やるならドラムではないだろうと考えていた。ボーカルかベースがいい。普段の生活で、容姿の良さから人目を惹いてしまうのは不便極まりない。しかしバンドメンバーとしてステージに立つなら、思い切り目立ちたい。ななみにだって人並みの自己顕示欲はある。
「ドラムなんか興味なかったけど、まさかここで仇になるなんて思わへんかったわ」
ドラムにシンバルが3枚もついているなんて知らなかった。ドラムセット自体は楽器屋やドラマなど何度も目にしているはずだが、シンバルが何枚かなんて気にしたこともない。
シンバルが掠めていった部分から、血がどくどくとあふれ出てきた。持ち前の反射神経で直撃は避けたので、傷はそこまで深くはない。でも痛い。とんでもなく痛い。思えばななみは魔法少女になってから、戦いにおいて常に敵を圧倒してきた。怪我を負わされることなど、これまで一度も無かったのだ。生まれて初めて感じる激痛。敵を目の前にしているのに、思わず涙がにじんでくる。
泣いていることを悟られないよう、咄嗟に顔を背けたが、クロエルはそれを見逃してはくれなかった。
「あらあ、痛かったわね、可哀そうに。でもね、あんたが前に私に与えた苦痛は、こんな程度じゃ済まなかったわよ?こちとら内臓引っ搔き回されたんだから!」
3枚目のシンバルが飛んできた。痛みのせいで反応が鈍り、右足の太ももの肉をごっそり持っていかれた。
「あ、ああっ!痛い痛い痛い痛い!」
痛い、と口に出して叫ぶことで痛みが和らぐとは思わないが、それでも叫ばずにはいられない。痛い痛い痛いと、何度もななみは口に出す。これまでの人生で、自分を肉体的に傷つけようとする相手はいなかった。実際にはいたかもしれないが、必ず周りの誰かが守ってくれていたので、狙われていることすら気付いていなかったのかもしれない。
クロエルはななみにとって、初めての脅威となった。明確な殺意をもって自分を攻撃してくる、初めての相手だ。
腕からも足からも血が流れて止まらない。
「血やばいって!こ、これ私助けたほうがいいやつだよね。あの、クロエルさん、いったん休戦ってことにしませんか?」
梓が仲裁を試みる。
「手出しは無用よ」
それは前回の戦闘の時、クロエルを助けようとした梓にななみが言ったのと同じセリフだった。
「お楽しみはこれからなんだから、ね!」
クロエルがななみに飛び掛かり、顎を狙ってアッパーを繰り出した。
「がっ…」
下の歯と上の歯がぶつかり、脳が揺れる感覚に襲われた。ななみはステッキを取り落とし、そのまま仰向けに倒れた。




