変な映画を選ぶから
友達と休日に出かけるなんて久しぶりで、妙な緊張感を覚えてしまう。梓とプライベートで会うのは卒業以来初めてなので、なおさら落ち着かない。集合場所に指定された駅前のベンチに腰掛け、スマホで時間を確認する。
現在時刻は朝の9時25分。集合時間は10時だ。5分前行動では不安なので、常に10分前行動を心がけているななみだったが、30分以上も余裕をもたせる必要はなかったように思う。当然ながら、梓はまだ来ていない。人の往来を眺めながら、今日のプランを頭の中で考える。
映画が終わったあとはランチにショッピング。せっかく休日に会うのだから、今日は所属組織の敵対関係は抜きにして、小学校時代のようにただの友達として遊びたい。映画館が入っているショッピングモールのテナントを調べ、梓が好きそうな店がないかを検索しようとしたが、よく考えると成人漫画以外の彼女の趣味を知らない。そういう漫画が売っている書店は、モールの中にはないらしい。
検索窓に「近くの書店 エロ 漫画」と打ち込んだ瞬間、「お待たせ」と聞き慣れた声がした。
時刻は9時40分。梓もずいぶんと早い到着だ。
小学生の時は親が選んだセンスのない服か、無地の黒いジャージばかり着ていた梓だったが、中学生になって服を自分で選ぶようになったのだろうか。抜群にオシャレとは言えないが、カーキ色のコートに白のニットは、無難ながらも可愛らしい。どれだけ性癖が捻じ曲がっており、少年ヒーローを触手で凌辱した前科持ちとはいえ、やはり年頃の女の子だ。
「えー、かわいいやん!いつの間にそないオシャレさんになったんよ。ちょっと写真撮らして」
「やめて、橘さんに言われると嫌味にか聞こえないから」
人目を惹く容姿に生まれたことの弊害がこれだ。いくら素直な気持ちで相手を褒めようとも、すべて上から目線に聞こえてしまう。梓とは対等な友達付き合いをしているつもりだが、容姿に関しては未だに心の隔たりがあるらしい。
写真を撮ろうとして向けたスマホを手で押さえられてしまったので、仕方なく諦めた。諦めたふりをして、梓が別方向を向いた瞬間に一枚だけ盗撮しておいた。
映画館は日曜日というだけあって、混んでいた。ポップコーンの香ばしさに、朝ごはんを食べてきたばかりなのに、ついお腹が空いてしまう。食べたいという気持ちはあるが、我慢だ。ななみもともとのスタイルが良いほうだが、中学生離れしたプロポーションは、徹底的に管理された食生活の上に成り立っている。カロリーコントロールは欠かせない。一日に摂取していいカロリーは決めており、今ここでポップコーンの誘惑に負けてしまえば、この後行くであろうランチで選べるメニューの幅が狭まってしまう。もしもLサイズなんて買おうものなら、ランチはサラダと水しか食べられなくなる。ポップコーン売り場から必死で目をそらしていると、梓に肩を叩かれた。
「はい、これ買ってきたよ」
梓は巨大なポップコーンバケツを両手で抱えていた。どう見てもLサイズだ。
「あっ、あかんてこんなん!何キロカロリーあんのよ」
「だって食べたそうに見てたから…」
そんな物欲しそうな顔をしていたのか。
「いらないなら私一人で食べるから大丈夫だよ」
梓の肉付きは良いとは言えず、かなり細身なほうだ。ななみのようにダイエットしているわけではなさそうで、もともと太りにくい体質なのだろう。
「せっかく買ってきてくれたんやし、ウチも頂くわ」
今日ばかりはカロリーのことは忘れよう。一日くらい摂取カロリーが目安をオーバーしたところで、急激に太るわけでもあるまいし。
「
上映時間までまだちょっとあるけど、どうする?もう入場は始まってるみたいだし、中で待つ?」
劇場にはぞろぞろと人がなだれ込んでいくが、ななみ達のチケットに記されている番号5番のシアターには、誰も入っていく様子がない。
今日見る映画は梓が選んだ作品だ。ななみはタイトルをまったく聞いたことがなく、キャストも監督も無名の人ばかり。上映されるシアターも、映画館の中で最も席数が少ない。もとより集客効果があまり期待されていない作品なのだろう。なぜ梓がこれを選んだのか分からない。映画のポスターでは若い男女が向き合っており、映画のタイトルの文字は、手書き風のフォントで、パステル調のピンクが文字にあしらわれている。青春映画だろうか。
「なんでこれ選んだん?」
なかなか終わらない予告編を見ながら、ポップコーンを摘まんでいる梓に尋ねる。
「映画レビュアーの人が、動画で面白いって言ってたんだよ。中身にはほとんど触れてなかったから、どんなジャンルかは私も知らない。いい意味で予想を裏切られるとかなんとか」
「へえ、楽しみやわ」
照明が落ちて、上映が始まった。
果たして予想は裏切られた。
そして裏切りによるダメージをもろに受けたのは、ななみではなく梓だった。
「ひぃぃぃぃぃ!」
梓は座席の上で体を抱き、震えている。そう、これは青春映画に見せかけたエログロスプラッター映画だったのだ。ポスターの男女は開幕早々殺されて、その後出てくることはなかった。サイコパスのシリアルキラーみたいな男が、胸糞の悪くなるようなやり方で、次々と人を殺していく。
「そういえば梓さん、怖いの苦手やったなあ」
遊園地のお化け屋敷でさえも無理だと、以前に話していたのを思い出した。怖いなら見なければいいのに、普段は少し眠たげに見える目をかっぴらき、スクリーンを凝視している。人間は恐怖を感じると、対象から目を背けられなくなるものらしい。クロエルとの戦闘でも、梓はあのグロテスクな光景から目を逸らしていなかった。
ななみは映画を純粋に楽しめた。劇中で使われていた殺し方は、今後の参考になりそうだ。どれもこれも、人間の尊厳を踏みにじるようなやり方ばかり。命を弄ぶという言葉がふさわしい。
上映が終わっても、ポップコーンは全然減っていなかった。半分こしようと約束していたが、ななみは映画に集中しており、梓は恐怖に襲われており、お互いにポップコーンのことは忘れていた。
余ったポップコーンをショッピングモールの休憩スペースで完食してから、あまりお腹は減ってないがランチに向かった。そのあとはアパレルショップや雑貨屋、本屋などを散策して、気づけば夕方になっていた。友達と過ごす時間は本当に短く感じる。
そろそろ解散かな、と少し寂しい気持ちになっていた時、梓が言った。
「まだ時間ってある?これから一緒に来てほしいところがあるんだけど」




