第4章:デートのお誘い
人気者であることは、決して楽ではない。橘ななみほどの美少女であれば、自分から声をかけずとも、周りが勝手に寄ってくるので、集団の中で孤立する心配はなかった。だが、わらわらとすり寄ってくる人間全員に等しく接することは難しい。中には好ましくない相手や、邪な感情をむき出しの相手もいた。
人間関係の維持に疲れたななみは、いつしか周囲の人間と一定の距離を置くようになった。内心疎ましく感じていることを悟られないように、あくまで表面上はニコニコと愛想を振りまきながらではあるが、徐々にクラスメイトとの距離も取っていた。
本当に気の置けない仲間しか遊びには誘わないし、それ以外の人間にどれだけしつこく誘われても、なにかと理由をつけて断るようにしていた。今のクラスでいえば、陸上部の栗栖だけが唯一、ななみにとって心の許せる友人であった。
交友関係を極限まで狭めた生活を送っていたある日、小学校時代からの親友であり、現在は敵対する組織に所属する、梓からのメッセージが送られてきた。珍しいこともあるものだ。彼女のほうから連絡してくることなど、一年に一度もない。魔法少女としてソルガムナイツに所属する以前から何度かやり取りはしていたが、いつも会話のきっかけを作るのはななみだった。
「なんやろ珍しい。急にウチに会いたくなった…わけないか。そんな寂しがりのキャラちゃうもんな、梓さんは。ほんでこの前会うたばっかりやし」
正確には会ったというか、あれはななみ対クロエルの戦闘に立ち会っていただけだ。見事にななみが勝利を収めたわけで、ご褒美としてクロエルの解体をやらせてもらった。あの時の手の感触は、いまだに血の匂いと生暖かいぬくもりとともに残っている気がする。腸を引っ張り出されたときのクロエルの表情は、ななみの嗜虐心を大いに刺激した。ボンテージに身を包み、いつもは飄々として大人の余裕を醸しているクロエルが、一回りは年下の子供に手も足も出ずのたうち回るあの光景。まさにななみが夢見ていたものだった。 梓はあれを見てドン引きしている様子だった。無理もないだろう。友人として恥ずかしい姿を見せてしまったと反省しているが、それはお互い様だ。梓だってななみが見ていることを知らなかったとはいえ、真堂をぬるぬるのスライム攻めにしていたのだから。
クロエルとの戦闘の直前、コンビニ前でコーラを飲んでいた梓の顔を思い出す。あの子は最近、一気に大人っぽくなったと思う。小学校時代から周りと違うミステリアスな雰囲気はどこか感じていたが、中学に入ってからは、より一層陰のある感じというか、色っぽくなっている。実際の梓は別にミステリアスでもなんでもなく、中身はななみと別のベクトルの変態だし、陰があるというのも、いつもうつむき加減だからそう見えるだけかもしれない。
だがそれでも、昔に比べてはるかに近づいている。ななみの理想に。
「はっ、あかんあかん。何考えてんねんウチは!」
唯一無二の親友を性的な目で見るなど、決して許されることではない。ななみは同性愛者ではないし、梓を恋愛対象として見るなどあり得ないことだ。そうではなく、自分の性癖を満たす対象として、梓を見始めている自分に嫌気が差した。
「まあでも、梓さんも悪いわな。なんでノクターンロゼなんかに入るんよ。ウチは敵対したいわけと違うのに、組織的には対立してるわけやから、いずれは戦わなあかんやんか。さすがにこの前クロエルさんにやったみたいに、友達の腹を裂くわけにはいかへんわなあ」
「な、なに怖いこと言ってんの?腹を裂くとか聞こえたけど」
どうやら心の声が漏れていたらしい。栗栖が頬を引きつらせている。
ななみは慌ててスマホを隠す。
「違う、違うんよ!腹を裂くっていうのはその…、お魚の話。今日の晩御飯焼き魚にしようと思ってんけど、最近魚捌いてへんかったから、やり方を思い出そうとして」
「友達の腹を裂くって言ってなかった?」
「あー…、家で稚魚の頃から育てた魚やねん。だから友達みたいに、情がな、そう、情を感じるってこと」
焼き魚として一般家庭の晩御飯に供されるのは、アジか鯖かサンマか、その辺の種類だ。稚魚から育てるような魚ではないし、あまりに苦しい言い訳だとは分かっていたが、スポーツ万能な栗栖はその反面あまり頭が良くない。なぜか納得したらしく、「あっ、そうなんだ。なーんだビビらせんなよ」と笑って去っていった。
栗栖が教室を出ていくのを確認して、改めて梓から送られてきたメッセージを開いた。
初めて彼女がななみに送ったメッセージには、こう書かれていた。
『今度の日曜、映画行かない?』
ななみはすぐに返事を打ち込んだ。
『うん、楽しみにしてる!』




