表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/116

因縁が生まれた日

 

 煤けた雑居ビルの階段を上った先にある重たそうな扉が、バーヘムロックへの入口だ。

 

 店内は前に来た時と特に変わった様子はない。カウンターには誰も座っておらず、マスターの鯉坂がアイスを削る音だけが聞こえてくる。

 

 オールドファッションドグラスに沈むロックアイスは、まるで宝石のようだ。どうせすぐに溶けてしまうのに、ここまで精緻な造形を氷に施すなんて、バーの世界は奥が深い。

 

 もちろん私は未成年なので酒は飲めないわけで、鯉坂が作ってくれたドリンクはあくまでモクテル。カクテルに限りなく雰囲気の近いノンアルコールだ。

 

 爽やかな口当たり。ミントの香りが鼻を抜けていく。一気に飲んでしまうのがもったいないので、2口だけちょびっと飲んで、グラスを置いた。

 

 こんなに美味しいドリンクを頂いていても、実のところ私の気分はあまり晴れない。その原因は明らかに、ソファ席に横たえられて、ずっと呻き続けているクロエルにある。

 

 「ううぅ…、あのガキ…、なんで、なんでこんな…」

 

 ななみの殺人的な魔法により、腹を裂かれて内臓を抉られ、全身ズタボロにされたクロエルは、未だ完全回復には至っていない。人間とは比べ物にならない驚異の回復スピードで、すでに腹の傷はふさがっているが、やはり腸を引きずり出されたダメージは大きいらしい。体はいくら頑丈でも、臓物はデリケートだ。ノクターンロゼの幹部として、悪魔と契約したモンスターとしてこれまでやってきたクロエルだが、今回のような体験は初めてだったという。

 

 「ほんと私の友達がすいませんでした。あとできつく言っておきますんで」

 

 何を言ったところで、ななみは笑顔で受け流すだけだと分かっている。誰からも好かれる性格で、おまけに容姿端麗。非の打ち所がない美少女のななみであるが、性癖に関することになると、彼女は異常者と化す。

 

 かつてのななみは、悪の組織の高飛車な女を嬲りたいという願望を、漫画やイラストなどの創作の世界にぶつけることで、性欲が暴走するのを抑え込んでいた。それはいくら願ったところで、現実世界で実現出来る内容ではなかったからだ。だからこそ、特殊なジャンルのエロ漫画に夢を見ていた。

 

 だが今のななみは、夢の実現に必要な要素をすべて手に入れてしまったのだ。魔法少女として、自身が圧倒的な力を持ち、そこへ理想的な女幹部のクロエルの登場。お膳立ては完璧。ななみが欲望を開放しないはずがない。

 

 「ほんとなんなのよ、あいつ!」

 

 臓器の自然修復が進んだのか、元気を取り戻してきたクロエルが起き上がった。

 

 「普通あそこまでする?あり得ないんだけど。まさか腸を引きずり出されるなんて思わなかったわ。ていうか何食べて生きてたら、生きてる相手の臓物を抉ろうなんて発想がでてくるのよ。ああ、最近の子って怖いわ。これが今の日本の教育の結果?」

 

 「日本の学校を変態育成の場所みたいに言わないでくださいよ」

 

 「だって梓ちゃんだって立派な変態じゃないの。やっぱりおかしいわ、この国。子供たちにはもっと、変な性癖が芽生えないように教育しないとね」

 

 「性の目覚めは大人が押さえつけられるようなもんじゃないですって。いつどこで芽吹くか分からないんですし、子供向けアニメの何気ないシーンがきっかけってことも」

 

 「恐ろしい、ああ、恐ろしいわ。しかもあの魔法少女、戦闘慣れしすぎじゃない?認めなくないけど、この私が一対一で負けたのよ。相手に有利な条件があったわけでもない。強いて言うなら私がちょっと酒入ってたくらいなもんよ」

 

 鯉坂が黙って、怒れるクロエルの前に冷や水代わりのウイスキーを置いた。

 

 ななみに解剖されたときに肝臓もぐちゃぐちゃにされていた気がするが、もう回復したのだろうか。クロエルはそれを一気にあおった。

 

 「このままじゃ終われないわ。絶対に復讐してやる。少年ヒーロー狩りはいったん中断よ。倒すべきはあの魔法少女よ。名前はなんていったっけ?」 

 

 「ななみです」

 

 「ななみ、ね。覚えたわ。梓ちゃんには悪いけど、あいつは私が倒す。今日やられた事を10倍にして返してやるから」

 

 今日の10倍。それはもう明確な殺人行為だ。そもそもななみがクロエルに行った残虐行為の時点で、普通の人間なら一瞬で死んでいる。今回は相手が人間ではないクロエルだったから良かったものの、この逆となるとまずい。いくら強い魔法を持つとはいえ、ななみは人間である。

 

 友人に差し迫る命の危機。だがここで余計な事言うと、上司であるクロエルの反感を買ってしまいかねない。板挟みにあった私は鯉坂に助けを求めるように、視線をバーカウンターに向けた。鯉坂は私の視線に気づいたが、何も言わずにグラスを拭き始めた。

 

 ウイスキーのストレートを4杯飲み、そろそろ顔が赤くなってきたクロエルが、空のグラスに残ったロックアイスをカラカラ言わせながら、「そうだ」とつぶやいた。

 

 「いいこと考えたわ。梓ちゃんにお願い。あの魔法少女を倒す方法を考えたから、あいつをおびき寄せてくれないかしら?」

 

 「おびき寄せるって、一体なにを企んでるんですか」

 

 「大丈夫、乱暴なことはしないわ。指定した場所に連れてきてくれるだけでいいの。いきなりそこに行くと不自然だから、梓ちゃんからあいつを遊びに誘って、それからさりげなく指定場所まで誘導して。そこで決着をつけるわ」

 

 なにやら面倒くさいことに巻き込まれたらしい。一度見捨てられたが、一縷の望みを持ってもう一度鯉坂に助けを求める。視線がかちあった。口の動きだけで、「たすけて」と伝えてみたが、また無視されてしまった。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ