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作り物じゃない


 クレオパトラはあまりに滑らかな動きで、目の周りに巻かれていた包帯をむしり取った。もうロボットであるという一縷の望みは完全に消え去った。いかに技術が発達した現代であろうと、ここまでスムーズな動作を出来るロボットなどあり得ない。

 

 私の確信を裏付けるように、クレオパトラは包帯の血走った眼球をひんむきながら、突然私に覆いかぶさってきた。座席には背もたれがついているので、後ろに逃げることも出来ず、私は押し倒される形になった。

 

 「案外演出が凝ってるんだね。ちょっと過激すぎる気もするけど、これくらいのほうが動画映えするのかも」

 

 悲鳴を上げて手足をばたつかせる私を、恵はスマホを向けて撮影している。

 

 「これのどこが演出に見えるの!襲われてんだよ助けろ!」

 

 「スタッフさんもプロだよ?客に直接触れたらダメだってことくらい分かってるって。万一怪我させたら大問題だしね」

 

 クレオパトラの黒い歯が、めきめきと乾いた音を立てながら急速に伸びていく。わずか3秒ほどで、それは吸血鬼の牙のようになった。息のかかる距離まで顔が近づいてくる。クレオパトラの口の中から、ゴキブリに似た形の虫がうじゃうじゃと湧き出てきている。そのうちの一匹が私の膝に落ちて、とげの付いた足が皮膚を刺激しながら首元まで登ってくる。

 

 「取って!これ取って!早く!」

 

 こちらはもはや発狂寸前だというのに、恵は相変わらず演出だと信じているらしい。スマホを向けたまま愉快そうに笑っている。

 

 クレオパトラの牙の先端が、ついに私の首筋に触れた。ちくりとした痛みが走る。このまま突き刺されば多量出血で死ぬかもしれない。あの棺桶に遺体となった自分が入る姿を想像して、危機的状況なのに変な笑いが漏れてきてしまう。

 

 こんなところで私の人生終わるんだ。最後に会いたかったな。あの少年ヒーローに…。

 

 観念して目を閉じた瞬間、排水溝が詰まった時のような汚い悲鳴が聞こえてきた。恐る恐る目を開けると、クレオパトラの腹部が剣によって貫かれている。


 突き立てられた剣が勢いよく引き抜かれた。生身の人間なら多量の血が吹き出るところだろうが、なにせ相手は人ではない。クレオパトラが怒りに顔を歪ませて、背後から自分を突き刺した相手を振り返る。

 

 そこにいたのは、運動場でぬるぬる触手を華麗に討伐した美少年ヒーローだった。今日もヒーロースーツが細いシルエットを際立たせており、実に蠱惑的である。彼は恐怖で動けなくなっている私の前に立ち、困ったように笑う。

 

 「また巻き込まれてるの?キミ、ほんとモンスターに好かれるよね」

 

 「そんなつもりじゃないですよ…。ていうかあれなんですか?絶対ロボットじゃないことは分かるんですけど、人でもないですよね?」 

 

 腹を一突きされ、倒れていたクレオパトラが呻きながら起き上がる。

 

 「モンスターたちがよくやる常套手段なんだ。人型の機械やぬいぐるみに乗り移って相手を襲う。この前の触手と違って、形を持たないタイプのやつの戦い方だね」

 

 「ははあ、モンスターにも色んなタイプがいるんですね」

 

 「こういうタイプは少々厄介なんだ。どんな戦い方をしてくるか見た目じゃ分からない。危険だから僕の後ろに下がってて」

 

 言われなくてもそのつもりだ。相変わらず撮影を続ける恵の腕を取り、急いで入口のほうへ戻る。

 

 「あのヒーローさん、また来てくれたねえ。梓のピンチに2度も駆けつけるなんて、もう王子様じゃん?なに、もしかしてそういう関係?」

 

 こいつには危機感というものがないのだろうか。

 

 もうすぐで入口。外の光が見えてきたというところで、突然扉が閉められた。

 

 「ちょっと、閉めたの誰ですか、開けてください!中が今やばいことになってるんです!」

 

 私は叫びながら扉を叩くが、びくともしない。入口と先ほどまでいた場所はわずか5メートルほどしか離れておらず、振り返ると、少年とクレオパトラが対峙しているのが見える。

 

 「スタッフさんはどこ行ったんだろ。さっき私たちを案内してくれてたお兄さん」

 

 恵に言われてスタッフを探すが、どこにも見当たらない。確かアトラクションのテーマに合わせた衣装で、古代遺跡の探検家のような服装をしていたと記憶している。姿が見えないということは、どこかにスタッフ用の通用口があり、そこから外に出ているのだろう。私たちもそこを使えば逃げられるかもしれない。

 

 「あそこ!スタッフオンリーって書いてある扉があるよ。きっとあの先は外に繋がってるはず」

 

 私は少年とクレオパトラの間を、極力早足で駆け抜けた。クレオパトラの視線が一瞬こっちを向いた気がしたが、あなたの相手は私じゃないと強く念じながらその場を去る。


 スタッフオンリーと書かれた扉のノブに手をかけ、思いっきり回した。しかしノブは回るが、扉が開かない。

 

 「なんでここもダメなの?他に出口なんてないじゃん」

 

 閉じ込められた絶望感に、目に涙が浮かんでくる。押しても引いても動かない扉。殺意むき出しのクレオパトラ。場違いにのんきな恵。ここに少年がいなければ、私は正気を失っていただろう。

 

 その時、あんなに固かった扉がすんなりと開き、中から現れた探検家の恰好をした男性が間延びした声で言った。

 

 「あのー、お客様どうかされましたか?」


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