第7話 また、と子ドラゴン
「血を取るだけじゃなくて、点滴とかもプラナールにはないの? 体調が悪くなったら血管から栄養を入れたり、予防接種したり」
「体調が悪くなったら治癒院に行くか医者を呼ぶが、治療は魔法でするだろう。そんな妙な方法で治療をしたりはしない」
「魔法! プラナールにはスキルだけじゃあなくて、魔法もあるの?」
「ある。が、ニホンにはないのか」
「ないよ。その代わり、ああいうのがあるの」
言いながら、私はスッと指をさす。
指した指の先にあるのは、勿論先程彼が目をキラキラと輝かせながら使っていたあのコーヒーメーカーだ。
「なる程。たしかにあれば、さながら魔法のようだった。魔法の代わりにああいうものがあるのなら、生活も不便はしなさそうだ」
彼はうんうんと深く頷き、何かに気が付いたようにハッとする。
「魔法の代わりという事は、もしかしてああいうのが他にもあるのか」
「《《ああいうの》》が他の機械――もとい便利品っていう意味なら、答えはイエス」
教えてあげた瞬間に、彼の目の色が変わった。
こういうシチュエーションで『目の色が変わる』というと、物欲とかに行きそうなものだけど、彼の願望はおそらく別だ。
つまり、「欲しい」というよりは、「使ってみたい」。
もしかしたら、実際にそう言おうと思ったのかもしれない。
彼が口を開き、言葉を発しようとした――時だった。
ボーン、ボーン、ボーン、ボーン。
室内に、そんな音が響いたのは。
「何だ?」
「時計だよ。あぁもう四時か」
最近日が長くなってきた。
お陰で「まだ明るいのにもうこんな時間?」という事象が発生しやすくなっている。
今回もそうだ。
縁側の向こう側に広がる景色は、まだ昼下がりのものだった。
夕日の片鱗さえ見えていない。
「時間……そういえば、俺はどのくらいここにいた」
「どうだろ? 一時間くらいかな」
あまりよく覚えていないけど、たしか目が覚めてリビングに来た時に、チラッと三時くらいの時計を見たような気がする。
「そろそろ戻らないとまずいな」
「そっか。これから、仕事?」
「あぁ、五時から交代だ」
「そう。じゃあ頑張って」
立ち上がった彼に、そう告げる。
なんとなくこの場から見送るのも何だと思って、異世界への入り口――納戸まで彼について行くと、彼はそこで靴を履いてクルリと振り返り、こんな事を聞いてきた。
「また来てもいいだろうか」
「え」
驚いた。
そんな事を言われるとは思いもしなかった。
だって、何のお構いもしていない。
コーヒーは出したけど、そんなの別にもてなすうちにも入らないだろう。
私が飲みたかったからついでに淹れただけだし、ワンボタンだし。
そう思ったのだけど、彼はどうやら違ったらしい。
「その、久しぶりに誰かとこんなにゆっくり腰を据えて話をしたような気がするし、それにニホンの他のキカイ? も気になるんだ」
「あぁ」
なる程、たしかに先程の彼はとても楽しそうだった。
あちらにはないハイテク機器が理由なら、たしかにここに来なければ触る事もできないだろう。
「まぁ、『持って帰りたい』とか『買い付けたい』って言うんならちょっと考え物だったけど、触るくらいなら」
「本当か?!」
「ただし」
私は一つ念押しをした。
「来るなら昼間の常識的な時間に来る事。それから、大したおもてなしはできないわよ? できて世間話をするくらいだから」
そもそもが、せかせかと誰かの世話を焼くような気質ではないのだ。
そんな事態になってしまったら、せっかくの家が安らげない場所になってしまう。
それだけは避けなければならないと思った。
彼はキョトンと目を丸くして、それから何故かはにかむように笑った。
「十分だ。じゃあまた明日」
そう言って、扉を開けて向こう側へと消えていった。
「……そういう事なら、扉、塞いじゃあ可哀想だな」
一人残された家で、私は呟く。
戸締りができないのは不用心。
でも王都とはいえ、結構端の方に扉を作ったのだ。
早々色んな人たちが見つけて入ってくるとは思えない。
「でもまぁ一応女の一人暮らしだし、防犯意識は持っておいた方がいいよね。何がいいかな、監視カメラ? いやでも急に入ってきて暴れられたとして、こっちの刑罰に処すような事にはならないだろうから、証拠があってもな」
どちらかというと、身を護る術というか、牽制できるものとか、実力行使できるものとか、検知器とか、そういう類の物が欲しいところだ。
「警報機と、武器かな。自動迎撃システムとかあれば、勝手にすべてが終わりそうでいいけど、それだと逆に暴発が怖そう」
誰彼構わず来た人全員に被害を与えるようなものをうっかり置いてしまった日には、ウェインがかなり可哀想な目に遭う事になる。
可能であれば、敵意とか害意とかを検知して、分かった瞬間に相手を無力化するような――って、そこまでの物は流石に存在しないか。
そもそも敵意とか害意って、数値化できないし。
どこに売ってんのよ、そんなもの。
そんなふうに思って、笑って、自分の両手を見下ろして。
「扉の形を作ったみたいに、空間魔法でなんかできたりしない? ……って、流石にそこまで万能じゃあないか」
無理難題を言った自分に苦笑した時だった。
カッと両手が、いや、両手の上の空気が光る。
「まぶしっ!」
突然のフラッシュ攻撃に、視界がホワイトアウトした。
それはまるで、私の中のスキルが仕返しでもしてきたかのような、「できるわ!」という主張でもしてきたかのような、そんな感じで。
ゆっくりと視界が戻ってくると、両手の上に何かが乗っていた。
白くて、金色のつぶらな瞳をしている。
ちょっぴり手の平にズシッと来ているソレは、私を見上げてミギャアと鳴いた。
「え、ト、トカゲ?」
「ミ、ミギャアァア!!」
私の声にその子は抗議するように背中に生えた羽をパタパタとさせる。
それは鳥の羽のようなモフモフではなく、小説やアニメに出てくる悪魔の翼の方に似ていた。
これは、アレだ。
旅をして仲間を捕まえ各地のジムリーダーを倒して回る、某有名ゲームのトカゲを模したアレの最終進化。
その姿を、小さくしてちょっと顔を大きめにして、適度にふっくらさせて可愛さをプラスしたような出来栄えである。
つまり。
「ドラゴン?」
「ミッ!」
そうだと言わんばかりに鳴いて、可愛くて気が付けば小さいそのドラゴンを、ムギュッと胸の中に抱きしめていた。
モフモフではないけど、プニプニだ。
柔らかくもひんやりとした体表が気持ちいい。
「たしかにこの子なら、害意とか悪意とかは察知できそうだし、ドラゴンだから悪い奴は退治もできるかな」
実力の程は定かではないけど、一人暮らしだし、お隣も犬を飼っている。
そもそもお隣さんは顔見知りで、かなり大らかな人だ。
うちがドラゴンを飼っても余程の事がない限り、多分トラブルにはならないだろう。
「女の一人暮らしよりは、少し防犯も上がったかな」
「ミ」
「君、何を食べるの?」
「ミーイ」
「何言ってんのか、分かんないよ」
胸を張って何やら伝えようとしている様子だけど、ドヤ顔が可愛いなというのが分かるだけで、何が言いたいのかは分からない。
「まぁ、とりあえず犬猫でも食べれるようなものを幾つか試してみるか」
動物は飼った事ないけれど、今時ネットで調べれば動物の飼い方なんてすぐに分かる。
とりあえず室内に放し飼いで、様子を見てみる事にしよう。