第6話 ニホン怖……っ!(ガクブル)
自分のコーヒーを改めて淹れて、私は二つのコップを前に、一方を飲んで「うまっ」と言い、もう一方を飲んで「うまっ」という彼の向かい側の席に、再び腰を下ろした。
そして、思う。
……なんかちょっとこの人、可愛いな、と。
大の大人、しかも男性にこんな感想を抱くのは、もしかしたらちょっと失礼かもしれない。
それでも心の中で思うだけだからゆるしてほしいと思いながら、頬杖をついて楽しそうな彼の様子を眺める。
そんな私の視線に気が付いたのか、彼はハッと我に返った。
はしゃいでいた自身を反省するかのように、ゆっくりとカップをテーブルに置いて、少し気まずそうな顔になる。
「別に、続きやってていいのに」
「いや、その……」
恥ずかしがっちゃったのかな。
でも、それにしては顔が深刻そうっていうか。
「ゆかりは、俺が怖くないのか」
「え、どこを怖がれと?」
真顔で聞いてきたウェインに、思わずそんな即答を返してしまった。
だって、本当にどこを怖がれと言うのか。
「俺は吸血鬼だ、忌むべき存在だろう」
「そうなの? まぁたしかに日本では、吸血鬼は一般的に『空想上の産物』っていう認識ではあると思うけど」
だからといって忌むべき存在かというと、いまいちピンと来ないというのが正直なところだ。
「だって、吸血鬼は血を吸うんだぞ」
「どんな生き物だって、食事はするんじゃない?」
「快楽犯や趣味で人を襲う奴もいる。血の摂取欲はただの欲望で、生命維持の手段ではない」
「だとしたら、吸血するのはその人個人の問題なんじゃあ? ウェインも《《そっち》》なの?」
「いや俺は、むしろ否定派というか」
「じゃあ、貴方には紐づかない評価じゃない? それ」
よくいるよねぇ、人をカテゴライズして「このカテゴリーに入る人は、皆○○だ」みたいに言う人。
もしかしたら、彼もよくそういう扱いを受ける口なのかもしれないけど、そんな彼の――もしかしたら異世界の、かもしれない常識に、私が付き合ってあげる理由もない。
「吸血鬼は嫌いなものが多い。俺で言うと、酢と直射日光と野菜が無理だ」
「日光は何となく分かるけど、お酢と野菜?」
「酢は臭いがきつくて苦手だ。野菜は……苦い」
「ただの好き嫌いじゃん」
むしろそれ、貴方程の美形が背負えば短所ではなく、ギャップで長所になるのでは?
控えめに言って、可愛いと思うよ。
「鏡には半透明にしか映らないし」
「え、よかったね。完全に透明な訳じゃあなくって。完全に透明になっちゃってたら、毎日の身だしなみが自分でチェックできなくて、めっちゃすごい寝ぐせとかに気付かず外出して出先で笑われるとかありそうだし」
因みに私は、今はリモートワークをしているけど、会社に毎日出勤していた事もある。
その時に何度か、寝ぐせに気付かず、めっちゃ髪が外跳ねしてた事があった。
鏡をちゃんと見ていたんだけど、ちょうど見えない後ろ側だったのだ。
控えめに言って、ものすごく恥ずかしかった。
「あと、俺は蝙蝠になれる。だから『人型をした魔物だ』とか、周りからはよく侮蔑の視線を向けられて――」
「えっ、蝙蝠?!」
彼の言葉に、思わずグイッと身を乗り出した。
「超音波とか使える?」
「え、あぁまぁ」
「どんな感じなの?!」
「どんな感じって」
綺麗な顔が、返答に困ったような、私の様子に困惑したような、そんな顔になっている。
しかしそれがどうしたというのか。
だって、超音波だよ?
蝙蝠とかイルカとか、超音波で遠くまで周りの状況を把握するとか、子どもの頃に皆一度は「すげーっ! 私もやりたい!」とか思った筈だよね。
自分もできるかとちょっとくらい、修行した事とかある筈だよね。
「それに、空も飛べるんでしょ? いいなぁ、羨ましい」
「うらやま、しい?」
「え? うん、羨ましい」
信じられないとでも言わんばかりの顔で聞いてくる彼に、私は真顔で頷いた。
空を飛ぶのも、ロマンだよね。
人は空を飛びたくて、飛行機とか発明した訳だし。
昔から脈々と続いてきたロマンで、生身で自在に空を飛ぶなんていうのは、現代社会においてもまだ人類が成し得ていない、課題のようなものなんじゃないかな。
「擁護してくれる人間には何人か出会った事があるが、羨ましがられたのは初めてだ」
「そうなの? 普通に羨ましいよ?」
それ、皆口に出さなかっただけじゃあないかなぁ。
だって、そもそも吸血鬼ってちょっとカッコよくない?
「ちなみにさ、興味本位で聞くんだけど……十字架は苦手とかじゃあないの?」
「俺の事を魔物扱いするつもりか」
素朴な疑問に、彼の目がスッと鋭くなった。
急に拒絶というか、警戒心が跳ね上がる。
私は慌てて「え、あ、違う違う」と言いながら、両手をブンブンと横に振った。
「日本ではそういう創作があるから、実際の……っていうか、異世界の吸血鬼はどうなのかなと思っただけで。他意はないよ。というか、こっちには魔物も空想上の産物なんだけど、プラナールには実在するの?」
「する。騎士の仕事は多岐に渡るが、そのうちの一つに定期的な魔物の討伐がある。……そうか、文化の違いか。すまない」
「いやいや」
敵意を向けて悪かった。
素直にそう謝ってくれる彼に、私も「失礼な事を言ってごめんね」と言葉を返す。
同時にちょっと反省もした。
文化が違う事が理由で外国人との間に確執が生まれる事もあるっていう話は、社会人をしていたら飲みの場などで愚痴交じりにたまに聞いたりするけど、こういう事なんだなぁと実感する。
「じゃあ、お前は俺が怖くないのか」
「別に。そもそも寝ている見ず知らずの私を見つけて、倒れているって勘違いして抱き上げて声掛けをするなんて、人が良くないとできない事でしょ。そういう人って知っていて、その上今さっきのコーヒーメーカーやコーヒーにはしゃいでいる姿も見て、それで『怖がれ』っていう方が逆に難しくない?」
「それは……前者はともかく後者に関しては、喜べばいいのか、恥じればいいのか」
あ、笑った。
この話をし始めてから、初めて彼の表情が緩む。
その事に私も少しホッとした。
「まぁつまり、プラナールがどうかは知らないけど、私は別に貴方を怖いとは思わないよ。吸血行為については、そりゃあ同意なく急に首筋に噛みつかれたりしたら、通り魔と一緒で怖いけど、同意の上で血を吸うなら、血を抜かれる事自体は採血とそう変わらないような気がするし」
「『さいけつ』って何だ」
「血管に中が空洞の針を刺して、そこから血を抜くっていう」
「えっ、何それ、ニホン怖……っ!」
カルチャーショックを受けた様子で、ウェインが顔を青くした。