第5話 すごいな、ニホン!(大歓喜)
「コーヒーメーカーの原理……っていうか、中がどうなっているかとかは私も知らないけど、使い簡単だよ。選んだこのカプセルを、ここにセットして、ボタンを押すだけだけど、試しに飲んでみる?」
どちらにしても、彼にも淹れてあげるつもりだった。
淹れたのは、一番プレーンなブラックコーヒーだ。
砂糖もクリープもあるので、もしマイルドだったり甘い方が飲みやすい場合は、自分で味を調節してもらえばいいと思って、数あるコーヒーカプセル――小さなプラスチック容器の中に入っているコーヒーの粉を選んでいた。
ちょうど淹れ終わり注ぎが止まったので、カップを彼の前に置く。
置いたのはマグカップだ。
どうやらその形自体、彼にはあまり馴染みのないものだったようで「こんな形のカップなんて初めて見た」と、長い指でカップを軽く弾いた。
それでも不思議そうな顔をしただけで訝しげにしなかったのは、先程彼が言及していた『芳醇な香り』の誘惑に勝てなかったからなのかもしれない。
「……うまい。俺が淹れたのよりずっと」
「それはよかった。一応砂糖とクリープもあるけど」
言いながら、私はとりあえず砂糖の入った陶器の入れ物を彼の前に置いてやる。
それだけじゃあ遠慮するかと思って蓋まで開けて「ご自由にどうぞ」状態にして挙げたのだけど、彼は斜め上の方向に走った。
「純白の砂糖……。君はまさか貴族なのか」
意外そうに聞いてきた彼が、何を見て意外に感じたのかはすぐに分かった。
今の私は、Tシャツにジーパン。
お世辞にも、上等な物を着ているとは言い難い。
髪だっていつものように適当にお団子にしているだけだし、化粧に至っては「どうせあっちこっちと動いていたら汗で落ちる」と思ってしていなかった。
精々が、日焼け止めも兼ねた下地を塗っているくらいだ。
化粧と同じ理由で、アクセサリーの類も付けていない。
素人の私が一目見ただけでも「うわぁー、なんか高そう」と思う程の細かな刺繍と立派な意匠の騎士服を着こなす目の前の麗人に比べれば、私なんて吹けば飛ぶような存在に見えるだろう。
到底貴族とは思えない。
まぁ実際に、私は貴族なんかではない。
そういう意味では、私は至極身の丈に合った服装をしていると言えるけど。
「私は普通の社会人よ。そもそも貴族なんて、日本じゃあもう絶滅したし」
「絶滅?! それではどのようにして国を維持しているんだ」
「えーっと、国会とか、政治家とか、司法とか?」
「何だかよく分からない単語ばかりが並んでいるが、とりあえずゆかりが貴族ではない事は分かった。しかしだとしたら、何故砂糖がここにある」
「というと?」
「砂糖は嗜好品だろう? 平民がおいそれと買えるような値段ではない」
彼の言葉に、私は思わず「あー……」と納得する。
そういえば、異世界では香辛料とか調味料とかは軒並み高価なんだとか。
昔の日本もたしか似たような感じだった筈だ。
今でこそ誰でも調味料を手に入れる事ができるのは、効率のいい量産方法や輸送方法が確立されたからだ。
そう思えば、プラナールは現代日本に比べると文明レベルがまだ低いのかもしれない。
……いや、これは別に優劣の話じゃあない。
ただ純粋に、スキルなんていう科学で説明のしようがない不思議能力がある世界と、ない世界。
その違いが文明の発達速度に直結しているのかもしれないし、そもそも王政を敷いている世界というのは、そういうものなのかもしれない。
「日本では、砂糖は結構安いわよ。一時間真面目に働けば、この容器の中の砂糖の量だと、十六個くらいは買えちゃうんじゃないかな」
「じゅうろく?! こんなに不純物の混じっていない砂糖が……すごいなニホン!」
「ありがとう」
褒められたので、とりあえずお礼を言っておく。
さて、そろそろ私の分も淹れようかな。
そう思い、使い終わった空のカプセルを外したところで、ものすごくまっすぐ突き刺さってくる視線を感じた。
チラリと視線の主に目をやれば、案の定というべきか騎士服の男が羨ましそうに私を見ている。
「……やってみる?」
「いいのか?!」
「いいよ。簡単だしね」
初めて使う人でも、壊すような事はないだろう。
そう思い新しくセットする筈だったカプセルを彼に渡してあげると、彼はそれを手の平に乗せたまま、まじまじと凝視し始めた。
「その中に、コーヒーの素が入ってるのよ。粉状になったコーヒーね」
コーヒーは、挽き立ての豆を使って淹れるのが、最も香り高くなるらしい。
前に、喫茶店の店員さんがそんなような事を言っていた。
このカプセルは、そんな挽き立ての状況を密閉して限りなく劣化のないように保っている……んだと思う、多分。
でなければ、ここまで香り高くはならないんじゃあないだろうか。
「それをこのカプセルの差込口に入れる」
「こ、こうか?」
「うん。で、そのボタンをポチッと押す」
「押す……うわっ、なんか始まった!」
「そりゃあスイッチ押したんだもの。これで始まらなかったら、レンタル元に送って調子を見てもらわないといけなくなっちゃうわよ」
自分がやりたいと言ったのに、おっかなビックリ気味なウェインに、思わず笑う。
一方コーヒーメーカーは、彼のボタンぽちっに合わせて正常に動き始めた。
「お! 出てきた……が、なんか俺のと違わないか……?」
言いながらこちらを見た彼の顔が「もしかして俺、失敗したのか」と如実に聞いてきていた。
不安そうな、ちょっとシュンとした様子の彼に、私は「大丈夫よ」とまた笑う。
「さっきウェインにあげたコーヒーとは、別の種類のやつを淹れただけ」
「別の種類?」
「うん、『チョコチーノ』。最初っから甘いやつ」
デザートっぽい感じの飲み物で、ちょっと小腹が空いた時なんかにちょうどいい。
昼ご飯を食べ損ねているから、ちょっとお腹が減っているのだ。
「たしかに、普通のコーヒーにはない甘い香りがするな」
言いながら、彼がチラッとこちらを窺い見てくる。
「……こっちも飲んでみる?」
「いいのか?!」
「私のは私ので、また淹れればいいし」
いいよ、というと、彼は嬉しそうに「ありがとう」と言ってカップを手にした。
そして淵に口を付け――。
「すごいな、ニホン!!」
大歓喜だった。